第155話『僕は目の前で困っている人たちを見捨てることができなかったんです!』
「さっきの話に戻るけど、この一団はニコルコに移住しにきたってことでいいのか?」
「はい、そうです。彼女たちは奴隷にされて苦しくて悲しい思いをしてきたんです。だから僕は安心して暮らせる場所を用意してあげたいんです。幸せになれるように支えていきたいんです。さすがにずっと旅をし続けるわけにもいかないですし……」
「はあ……」
それで彼女たちを養い続けているというのだろうか。
奴隷を買いまくって金欠に陥って、国に金の無心をする状態になってまで。
彼は身の丈に合わない施しをしようとしていることに気づいてないのかね。
「おじさん、奴隷制度があるっておかしいですよね……? 地球の主要な国のほとんどで禁止されている非人道的な制度が異世界では当たり前のモノとして認識されているんですよ。こんな状況、勇者として見過ごすわけにはいきません。奴隷制度がいけないことだと理解している僕が勇者の力を使って皆に教えてあげないといけないんです」
「教えてあげないと、ねえ……」
俺はハスミの言葉にどことなく引っかかりを覚えながら思考する。
勇者としてなら、まずは魔王軍を見過ごしてはいけない気がするけどなぁ……。
その旨をマイルドな表現でさりげなく指摘すると、
「ええ、魔王軍も倒さなくてはいけませんね。だけど、僕は目の前で困っている人たちを見捨てることができなかったんです!」
ハスミは澄み切った瞳でキリッと宣言した。
いや、目の前で困っている人云々は王道な感じのアレだけど!
時と場合っていうかさ!
魔王討伐を蔑ろにしてまでのめり込んでるとか、パーティメンバーもさすがに呆れているだろうと思って見てみると――
「ふふっ、いつも目の前のことに全力だものねハスミは……」
「ハスミ様、なんとお優しい!」
「ヘッ、そんなお前だからオレは着いていこうと思ったんだぜ!」
ハスミの仲間たちは力説するハスミに親愛のこもった視線を送っていた。
これは……あれや、信者ってやつや。
ハスミが何をやっても盲目的に肯定しちゃう感じの連中だ。
そういえばハスミに追い出されたシルバリオンが言ってたっけ。
他のパーティメンバーは勇者のやることを絶賛していたと。
どんな経緯で今の人間関係が形成されたのかはわからないが……まあ、きっと、俺の知らないドラマが彼らの間にあったのだろう。
「僕はこの世界から奴隷をなくすために奴隷商から何度も奴隷を買って解放してるんですが、それでもなかなか奴隷は減ってくれません……」
ハスミは悔しそうに言った。
そりゃ買ったって売れたら商人もまた新しく仕入れるんだから当然じゃなかろうか?
その行動は奴隷商人を普通に儲けさせているだけのような……。
「おじさんならわかりますよね? 奴隷制度がいけないことだって! 悪いことだって! ねえ、おじさん!?」
「お、おう……?」
おじさんと呼ばれてもおかしくないことを理解しつつ、他人からそう呼ばれることにはまだ戸惑いがある微妙な年頃の男をおじさんおじさんと連呼するのはやめなさい! 若くしてハゲろ!
「同じ勇者のよしみでお願いします! このニコルコに彼女たちが暮らせる場所を提供してくれませんか? 僕も僕の力で手伝えることは手伝いますから!」
ハスミは必死な懇願をしてきた。
うーん。
奴隷をなんとかしたい、困っている人を何とかしたい。
そういう気持ちは多分本物なんだよな……。
若干、視野が狭く偏ってるだけで……。
「わかった、まだ開発が進んでない区域があるからそこの一角を彼女らに解放しよう」
「本当ですか!? ありがとうございます! みんな、聞いたか!?」
わあああああっ! と一団から歓声が上がった。
さて、追い返す決定的な理由もないから受け入れたものの――
「ヒロオカ殿、いいのか?」
エレンがこそりと訊いてくる。
「まあ、既存の中心区画に滞在されて居座られるのも不安だからな……。とりあえず未開発のエリアに隔離して様子見だ」
「そうか……では、私も警備で気にかけるようにしておこう」
やれやれ、これから300人ぶんの住居とライフラインの整備をしないと。
何も問題が起きないでほしいものだが……。
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