第157話『力で勝つだけじゃ何かが足りないって』
「この女は何を言っているのだ?」
エレンがツッコミを代弁してくれた。
いや、ホントそれな……。
「何って、当然の権利を彼女たちは主張しているだけですよ」
ハスミは一切の疑問を持っていないような口ぶりで答える。
そして、
「そんな綺麗な鎧を着ている貴族のお嬢様にはわからないことでしょうけどね」
明らかに嫌味の混じった発言をエレンに向けた。
女性たちもコクコクと頷いた。
「ほう……」
エレンが目を細め、剣呑な雰囲気を醸し出す。
これは駄目なやつだ。
中学生だし、生意気言っちゃう年頃だからと寛容に見てきたがそろそろ厳しい。
「いいか? ハスミ、よく聞け。いくら彼女たちが気の毒な境遇にいたのだとしても、永遠に他人から施しを受けて生きていくわけにはいかないんだよ。お前だって、魔王を倒したら元の世界に帰るだろ? そうしたら――」
「元の世界? 何言ってるんですか。僕は帰るつもりないですけど」
「は……どういう意味だ?」
「そのまんまですよ。僕は魔王を倒しても異世界でずっと生きていくつもりなんです」
「…………!」
それは俺にとって埒外の意思表示だった。
ガツンと頭を殴られたような衝撃と言うべきか。
いや、そうだよな……。
こっちの世界に愛着を持ったらそういう選択肢を選ぶことだって不思議じゃないよな。
あれ? じゃあ、俺は何で元の世界に帰ることが絶対だと思っていたんだ……?
なぜすべてが片付いたらこの世界を去るのが当然だと考えていたんだ?
無意識に強迫観念のようなものに縛られていたとでもいうのか……?
暫し考え――
元の世界に残してきた飼い猫のコタローが大事だからだな!
俺はそういう結論を出した。
「まあ、仮に僕がいなくなっても僕の仲間たちが意思を引き継いでくれますよ。僕の仲間は皆、弱者を見捨てておけない心の優しい者たちばかりですからね。何も心配はいりません。冷酷な考えの人には出て行ってもらいましたし」
ハスミは自信たっぷりにべらべらと語っていた。
出て行ってもらったというのは……きっと追放されてうちにやってきたシルバリオン・ソードのことだろう。
彼は指導こそ厳しいが面倒見がよく、騎士たちからも慕われていると聞いている。
たまに俺も酒を一緒に飲んだりするし。
あのジジイは決してハスミが言うような冷酷な人間ではないはずだ。
「ふーん? じゃあ、勇者のお前がいなくなっても仲間たちは同じようにあれだけの人数を養っていけるの? 今はお前が口利きしたり、チートパワーで魔物を討伐すればそこそこ金が手に入るかもしれないけど。他の連中はチートじゃないんだろ?」
「そ、それは……ちゃんと面倒を見るよう頼むんで大丈夫ですよ。共和国にも支援を頼みますし。というか、僕は異世界でずっと生きていくんですからそんな心配いらないんです!」
俺が突いてやると、ハスミはわかりやすく狼狽えた。
よし、もうちょっと言ってやるか。
「そうはいうけどさ……お前、金がなくて困ってるそうじゃないか。このままだと、お前が残っていても立ちゆかなくなるんじゃないの?」
「なんでそんなこと知って……そうだっ! そうですよ! あなたは領主なんだから、税金で簡単に儲けているんでしょう? なら、そのお金は彼女たちのような人々を救うために使うべきだ! 僕らに少しわけて下さい!」
「あのなぁ? ニコルコの金はニコルコのために使うんだよ」
自立するための準備にならいくらか援助してもよかったが。
実際、ハスミたち一行の住居の内装やインフラの工事は領地の金で賄った。
最初に生活の基盤を整えてあげることが移住者の定住に繋がると思っているからだ。
一時的な支援ならともかく、働くつもりがない輩どもの生活費に回す予算はない。
「ああ、まったく……! 日本にいたときから思っていたんですよ。税金は権力者が楽に稼ぐための悪しき制度だとね!」
俺が断ると、ハスミは憤然とした面持ちで悪態を吐いた。
怒りたいのはこっちなのだが?
消費税くらいしか払ったことがなさそうな子供が何を言っておるのじゃ……。
日本の税金の使われ方がすべて無駄なくクリーンかって聞かれたら、そんなの詳しくない俺にはわからんけどさ。
それでも必要なことに使うために集めるのが税ってものだ。
「日本での僕はただの中学生だったし、特別な力もなかった。だから弱者を虐げる卑劣な輩がいても何もできませんでした。でも今は違う……。僕は強さを手に入れた。この力があれば強欲で冷徹なやつらを懲らしめてやることができるんです」
ハスミの目が仄暗い気配に染まった。強さが力がってさぁ……。
力で勝つだけじゃ何かが足りないって、優しさと強さを併せ持つ光の巨人も言ってたぞ。
いや、言ってたんじゃなくて主題歌の歌詞だっけ?
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