第160話『聞き分けのないクソガキにはジャーマンスープレックスに限る』
「え? え? なんで? さっきまで店にいたのに……」
一瞬の内にまったく違う場所へ連れてこられたハスミは毒気を抜かれたようにキョロキョロしていた。
少しは冷静になったか?
けど、時はすでに遅い。
領主の地位にある俺に矢を向けて簒奪を宣告したのだ。
こいつのやろうとしたのは侵略行為。
勇者といえど、それなりに厳格な対応をしなくてはならない。
広くて暴れられる訓練場に移動したからにはそれなりの覚悟してもらおう。
「おい、弓太郎!」
「誰が弓太郎ですか! 僕の名前はハスミです!」
お前なんぞ、イキリ弓太郎で十分じゃい!
「今すぐ謝るなら短期間の労役で許してやるぞ。勇者として魔王討伐をやらなきゃいけないだろうしな」
「フッ、寝言は寝てから言って下さいよ。なんですか、少し転移が使えるくらいで僕に勝てる気でいるんですか?」
萎縮していたのも束の間だった。
あっさりとイキリを再開してしまった。
「じゃあ、俺から領主の地位を奪うって意思は変えないんだな?」
「そうですよ、あなたからニコルコを解放してあげるんです!」
その自信は一体どこからくるんだろう。
とりあえず、一度お灸を据えてやらなくてはいけないようだ。
「ハハッ、まあ命だけは助けてあげますよ」
そう言うと、ハスミは素早く距離を取って躊躇いもせず俺に矢を放ってきた。
なるほど、チートの才能だけあって実に滑らかな動作だ。
絶妙な呼吸の合間に放たれたソレは並みの相手なら間違いなく回避不可能だっただろう。
「ふんっ!」
「えっ!?」
だが、俺には回避のスキルがある。
俺はハスミの矢を武術の達人っぽく手で弾いて受け流した。
「そ、そんな……僕の弓があんな簡単にいなされた……」
ハスミはぷるぷる震えているが、俺も少し焦っていた。
回避するために体術スキルを併用して捌く必要があったからだ。
矢を弾くこと自体はそこまで難易度の高いことではなかったけど、回避LV5のスキルだけで無理だったのは割と驚くべきポイントだった。
リクのときもそうだったが、一点特化のチートはその分野においてやはり強大だな。
「くそっ! マグレに決まってる! 今度こそ食らえ!」
ビシュッビシュッ。
ハスミは次々と矢を放ってくる。
あの弓、よく見たらハスミがつがえなくても自動的に矢が装填されてるぞ。
なんて便利な弓なんだ。
アレが共和国の偉いエルフからもらったという弓の力か。
「ほわちゃー!」
パシンパシン。
気分を出すために掛け声を交えながら俺は矢を弾き続ける。
「ふ、ふざけやがって……! 真面目にやれよ! 余裕のつもりかよ!」
焦燥感が先走っているのか、ハスミの言葉遣いから敬語がなくなっていた。
「ほら、どうした? ごめんなさいと言う気になったか?」
「うわああああああ! うるさぁぁあああいっ!」
「むっ?」
ハスミのヤケクソ混じりの絶叫と共に矢が間を置かず三本連続で発射された。
隠していた必殺技か!?
いや、ハスミ自身も呆気に取られている。
恐らく、土壇場で今まで扱えていなかった力が引き出された感じだろう。
俺と戦ってるときに新しい力に目覚めてんじゃねえよ……。
そういう覚醒は魔王軍との戦いでやれ。
「くっ」
二本は捌けたが三本目は手が足りず、俺の首筋を掠めていった。
浅い傷口からジンワリと血が滲む。
「今のはさすがの俺も少し痛かったぞ……」
命だけは助けてやるとか調子よく言ってたくせに急所狙いやがって。
同じ土俵でこのまま戦ってると無駄に消耗しそうだからさっさと片付けるか。
俺はハスミの背後に転移した。
「わ、わっ! またいきなり移動してきた!?」
「もう許さんぞオイ!」
俺は驚いているハスミの腰をしっかりクラッチする。
「何するんだ! 離せ! 離せよ! 聞いてるのか!」
「すまんな、俺は今怒ってるから意識がないんだ……お前ならわかるよな?」
ついでにワハハと笑っておく。
笑いながら意識をなくして容赦をしない。
そういうもんなんだろ?
「もう許さねぇからなぁ?」
「や、やめてぇ! ごめんなさいぃ! ごめんなさい!」
豹変したように低い声で呟くと、ハスミはジタバタしながら情けない声を上げた。
「行くぞオラァ!」
泣き喚くハスミを無視して、俺はそのままヤツを後方へ放り投げる。
華麗にブリッジが決まり、ハスミは地面に頭から叩きつけられた。
「はがっ……」
「ウィイイイィイイイイィイイイイッ!」
俺は気絶したハスミを足下に見下ろして勝利の宣告。
聞き分けのないクソガキにはジャーマンスープレックスに限る。
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