第161話『インフルエンサー』
ハスミをジャーマンしてから数日。
懲らしめてやったとはいえ、それでハイ終わりと解放するわけにもいかない。
その辺に放っておくにはちょっぴり危険な輩だと判明したからな。
現在、ハスミは武器を取り上げた上で地下牢に幽閉している。
ハスミを捕らえたことで彼の仲間や元奴隷軍団たちからは当然反発があった。
しかし、領主に弓を向けた罪は揺るがないので取り合うことはしなかった。
ハスミがいないとどうしようもない彼女らは、今のところ宛がわれた区画で騎士たちの監視を受けながら大人しく生活している。
戦闘のできるパーティメンバーが魔物を狩って必死に生活費を稼いでいるようだが、ハスミのチートがあってもカツカツだったのだ。
彼女らだけでいつまでも300人のニートを養い続けるのは不可能だろう。ぶっちゃけ、いつ爆発するかわからん地雷みたいで厄介だし追い出してもいいんだが……。というか、追い出すほうにメリットしかないのだが。
よその領地で似たようなことをするかもって考えるとね?
勇者の俺が見張ってるのが最善かなってなっちゃうのよ。
今回の件については使者を送ってスペルマ共和国に正式な抗議を行なった。
多分、近いうちに返事がくるはずだ。
共和国からの連絡が来るまではひとます彼女たちのことは様子見で行こうと思っている。
◇◇◇◇◇
「ねえ、ちょっと! スシはないの? スシは!」
執務室でニホンシュを呑みながら喚いている女がいた。
ニコルコのローカルアイドルで大聖国の元(?)聖女スチルだった。
今日は遠征ライブについて話し合う名目で面会を取り付けていたのだが……。
こいつはさっきからニホンシュをグビグビと飲み続けているだけだった。
しかも、俺のスキルで出した特別な聖水仕立てのやつ。水の精霊ナイアードと契約してパワーマシマシになった俺の聖水は湖の聖水よりも上質で、それで作られたニホンシュは限られた相手への贈答用として扱われているのだ。
そういう品を、こいつは水のようにガバガバと……。
まあ、材料は俺由来のソレなので原価的には高くないから懐は痛くないけどさ。
ちなみに以前開いた落成式では参加した貴族全員にお土産として持たせてあげたよ。
お近づきの印ってやつだね。
「おーい、なにムスっとした顔してんのよ、あんたも呑みなさいよ!」
「…………」
何もしないなら帰れ! と言いたいところだが……。
今の彼女の貢献度を考えると帰らせるわけにはいかない。
ちゃんと話を進めないとニコルコにとって損になるのだ。
落成式以降、領地に来て歌を披露してくれと周辺の貴族からスチルに依頼が殺到した。
そして訪問した先でスチルはライブを行ない、宣伝大使としてニコルコの特産品や土地のよさをこれでもかとアピールしてきた。その結果、スチルがライブした領地からニコルコに訪れる観光客が目に見えて増えたのだ。
おまけにスチルのファンになった人々が彼女の活動拠点だという理由で領地を巡礼しにくるようにもなった。
彼女がニコルコでライブを開くとそれに合わせて旅行客が訪れ、少なくない金額が動く。
今やスチルは立派なニコルコのインフルエンサーとなっていた。
「ほんと、あんたのおかげであたしはすっかり人気者よ! これからもよろしくねっ!」
コップを高く掲げて大笑いするスチル。
ああ、乱暴にするから酒がテーブルに少しこぼれたじゃないか。
「お前は楽しそうだな……」
「そりゃ楽しいわよ? こーんな好き勝手な態度でやってるのにアホほど皆から持てはやされるんだもの! バカみたいに上手くいきすぎて笑いが止まらないわよ」
スチルはガハハと高笑いして、ぐいーっとコップのニホンシュをあおった。
実にいい飲みっぷりだ。
「ほんと、バカみたい……真面目にやんなきゃとか、失望させないようにしなきゃって必死にやってるわけでもないのに……何がいいんだか……」
スチルがコップの水面を見つめながら、今度は一転して遠い目で呟いた。
酔ってるのか躁鬱が激しいな。
何もかも思惑通りいってるように見えるけど。
そんで調子に乗りまくっているようにしか見えないけど。
こいつなりにいろいろ葛藤があったりするんだろうか。
「真面目にやってたり、失望させないよう必死にやってたことが何かあったの?」
「は? そ、そんなの……なんもないわよ! ものの例えだって!」
目が泳いでいる。
聖女であったことを俺にカミングアウトする気にはまだなれないらしい。
言いたくないなら別にずっとそれでもいいけどね……。
俺は人生相談に乗れるほど含蓄に富んだ人生を送ってきたわけでないし。
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