第167話『商人怖い』
「た、確かにハスミのサインだぜ」
「でも、もうお金が……」
「貯蓄を考えたら払えるわけありません!」
「ハスミはどんな勘定して買うことにしたんだ……?」
領収書と立て替えを依頼するハスミのサインを確認したフランソワたちが狼狽していた。
今の彼女たちはパーティの資金状況を詳細に把握している。
そのため、ハスミの奴隷購入がいかに計画性のない消費か理解できるのだろう。
共和国の奴隷商人がハスミを訪ねてきたのは昨日の昼頃だった。
『いつもご贔屓にして下さっているハスミ様を救いたくて』とか、確かそんな感じのことを言っていた気がする。
奴隷を解放しようとしてるやつが奴隷商人からお得意様扱いされてるのは何のギャグだ? と思ったのはここだけの話。
奴隷商人はハスミの保釈金を支払うと言ってきたが、俺はいくら払われても解放するつもりはないと突っぱねた。
それでも粘ってきた奴隷商人だったが、共和国にも抗議済みであること伝えると急に大人しくなり、今度はハスミに売るつもりで大勢の奴隷を共和国から運んできたから困ると主張を変えてきた。
どうやら、ハスミはその奴隷商人が連れてきた奴隷をもれなくお買い上げするのが常であったらしい。
俺は仕方なく奴隷商人をハスミと会わせてやった。
牢屋の柵越しにハスミと面会した奴隷商人は商談を行ない、結果、ハスミは新しく奴隷を購入することを決めた。
聞いている感じ、新しく買う奴隷もまた若い女性のようだった。
まあ、それは別にどうでもいいことなんだけど。
契約書にサインを行なった後、ハスミは『お金は僕の仲間たちから受け取って下さい!』と調子よく言っていたのだが――
共和国パーティの財布事情が苦しいことを知っていた俺は興味本位で『もしハスミの仲間が払えないと言ったらどうするんだ?』と奴隷商人に訊ねた。
すると、
『その場合は彼の仲間に身体で払って頂きます。勇者パーティのメンバーなら高値で売れる奴隷になりますから』
奴隷商人はハスミの前にも関わらずあっさりそう答えた。
これに一番驚いたのはハスミだった。
聞けば、これまでは共和国から支援金が送られてきたときに後から払えばいいと言われていたらしい。
しかし、今回は足りなければ勇者パーティの面々に身売りをさせるという。
俺に捕まったことでハスミが共和国から金を引き出せない立場になったと判断したのか。
あるいは資金難に陥っていることを掴んでいて切り時と見做したのか。
奴隷商人がどういう算段をしたのかは知らない。しかし、態度を翻してハスミに手厳しく接することを決めたのは間違いないようだった。訪れたときはあんなに助けたいって言ってたのに……。
商人怖い。
『そんな非道なことが許されるはずがない! 僕を誰だと思っているんだ!』
ハスミはお得意の支離滅裂な御託を並べて奴隷商人に食ってかかる。
だが、世の中は子供の屁理屈に付き合ってくれる大人ばかりではない。
『これまでのツケの返済も滞っていらっしゃいますしね。そちらもこの際、一度に請求してしまいましょうか。きちんと書類は残っているので言い逃れはできませんよ』
奴隷商人の主張には正当性があった。
契約書にサインは済んでいるため、支払いを迫られたら共和国のパーティメンバーは応じる必要がある。
『少し待ってくれ! 共和国に頼んでお金を送ってもら――』
『最近は共和国からの支援も渋いそうですね? 他国の領主に捕まって、さらに借金までこさえたあなたを共和国はどこまで庇ってくれるでしょうか?』
『ああ、ど、ど、どうしよう……! 僕のせいでみんなが……』
どうにもならない状況に陥っていると次第に理解し始めたハスミは焦燥し、立ち会っていた俺に泣きついてきた。
ここで世の中の厳しさをしっかり味わってもらうのもいいかなと思ったりもしたが、勇者パーティが奴隷堕ちしたら共和国がヤバくなる。
なので、俺はハスミに一筆したためさせた上で彼の支払いを肩代わりしてやったのだ。
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