第169話『ゾーイ』
「この度は我が国の勇者がご迷惑をおかけしたようで申し訳ありません」
応接室で俺に深々と頭を下げているのはスペルマ共和国からやってきたハイエルフの美女だった。
彼女の名前はゾーイというらしい。
腰まで伸びた銀髪は長さがあるというのによく手入れされていて、艶やかなストレートを維持している。
結構な長い年月を生きていると聞いているが、ハイエルフだけあって年齢を感じさせない若々しい容姿の持ち主であった。
彼女は聖職者なのかな?
わからんけど、どことなく聖職者っぽい白を基調としたドレスを身につけている。
ゾーイの他に共和国側は可哀想なくらい冷や汗を流している外交官が同席していた。
外交官の外見は誰も興味がないだろうから細かく語る必要もないだろう。
強いて言うなら髪の毛が薄い。
交渉を進めるのに俺だけでは不安なのでジャードを隣に座らせ、室内には護衛役としてベルナデットとシルバリオンを立たせている。
シルバリオンは出身国の偉い人がいるのに気まずくはないのかと思ったが、本人がぜひにと直訴してきたので役目を頼んだ。
「しかし、随分早く来たんですね?」
これは皮肉でも何でもない。
想定以上に速達便な勢いでやってきたから俺は純粋に驚いているのだ。
この世界における交通手段から考えたら一ヶ月後くらいにアクションがあればいいほうかなと考えていたからな。
「それはわたくしも転移魔法を少々扱えますので……。通常の行程よりは時間を短縮して窺うことができました」
「ふうん」
謙遜をしているのかもしれないがハイエルフでも少々なのか。
転移って使えるやつが全般的に少ないのかな?
俺は場所を把握していたら好き放題いろんなところに行けるわけだけど。
「ではさっそくながら、共和国の勇者殿に我が領の主が命を狙われた件で貴国の責任の取り方について話を詰めさせて頂きたく」
冷たい表情がデフォルトの内政官、ジャードが早速切り込んだ交渉を仕掛けていく。
シルバリオン曰く、ゾーイの国家元首相談役というのは名誉職で象徴のような立場らしいが共和国ではトップの政治家ですら意見を無視できないほどの人物なのだとか。そうなるとただの貴族な俺よりは身分的に相手が上ってことになるのかな?
けれども、こちらは完全なる被害者である。
もし俺がハスミを押さえ込む力を持っていなければ勇者による侵略が行なわれていた。
そういう弱みが共和国にはある。
自国の者なら『スキンシップのつもりだったんだよ』『ちょっとくらい我慢してくれ』『悪気があったわけじゃないんだから許してあげて』みたいな感じで握りつぶせばいいだろう。
だが、俺は他国の上位貴族であるため、あちらさんサイドも下手に出ざるを得ない。
ここにきて小デブ王からもらった立場が役に立ってくる。
俺は対外的には勇者と認められてないからな。
国のお墨付きの地位でプッシュしていきますよ。
「彼は私の知っている限り心優しき少年でしたので……どうして他国領の簒奪などということをしでかそうとしたのか……未だに信じられません」
伏し目がちに悲観した表情を浮かべるハイエルフのゾーイ。
「いやはや……本当に我々からしても青天の霹靂でして……彼のような純朴な少年が此度のような暴挙を働くとは――」
髪の薄い外交官のほうは必死に汗を拭っているものの、すでにハンカチが水分を吸う部分が見当たらないレベルになっていた。
てか、青天の霹靂って異世界の言葉がスキルで変換されてるわけだが。
こっちにもそんな感じのことわざがあるんだね。
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