第170話『かつてのご主人様』
「なんでどうしてって、そりゃあんたらが金を見境なく使わせて甘やかしたせいでハスミはつけあがってしまったんじゃないのか?」
俺はグダグダ言っている共和国の連中にズバッと言う。
ゾーイたちの目が節穴でないとするなら、彼らが知っている共和国の首都にいたときのハスミはまだ殊勝な態度を取っていたのかもしれない。
それが各地で勇者というだけでヨイショされているうちに尊大になって……という感じではないだろうか。
あのくらいの年頃の子供がいきなり英雄扱いでチヤホヤされたら勘違いしてしまうのも無理からぬこと。
もとから学校で人気者だったタイプとかならチヤホヤ慣れしているので大して増長はしないかもしれんが。
ハスミはどうにも言動から類推するに……少々アレなタイプだったぽいし。
その落差ですっかり舞い上がってしまったのだとしてもおかしくはない。
何かを成し遂げた報酬というわけでもなく、ただやりたいことをやるために資金を無尽蔵に提供したから、ハスミは自分の行為がなんでも正しいと思い込むルートに突き進んでしまったのだ。
ぶっちゃけ、大金を自由に扱わせて権力を与えるには彼の精神は未熟すぎたと思う。
「返す言葉もございません……。最初は可能ならでいいからと支援を打診されるところから始まりました。わたくしは彼の真摯な心意気に感服してつい望むがまま援助を許してしまったのです」
ゾーイが自身の非を認める発言をすると、外交官は『ゾーイ様!』と声を出す。
なるほど、この国家元首相談役様がハスミへの送金にゴーサインを出していたのか。
「次第に金額の節度を気にせず仕送りを求めるようになってきた辺りでわたくしも対応を間違えたのではと薄々感じ取っておりました。ですが、記憶にある彼の眼差しを信じたかったのです。そして、その結果が彼を増長させ、今回のようなことを招いてしまい……すべての責任はわたくしの判断ミスによるものです」
「なんでまた奴隷を解放するなんて国家の制度を混乱させるような考えに賛同したんですかね? いや、やるにしても魔王討伐が最優先の勇者に任せることじゃないでしょう」
俺はこの世界の価値観では異物なハスミの思考を後押しした意図を訊ねる。
これはずっと気になってたんだよね。
上流階級からすれば奴隷は使い勝手のいい労働力なわけだし。
「それは……わたくしが奴隷制度を憂いて奴隷たちを救いたいと願う彼の気持ちを無下にしたくないと思ってしまったからなのです。わたくしもかつては木っ端のように扱われる奴隷の一人でしたから……勇者であるハスミ様なら、この世界に根付く奴隷制度を覆すことが可能なのではないかと、そのような英雄的働きを期待してしまったのです」
共和国のハイエルフはそう言って首筋を細くたおやかな指先で撫でた。
そこには身分を縛るようなものは何一つ巻き付いていない。
せいぜい高価そうな貴金属のネックレスがあるくらいである。
だが、恐らく、かつてはそこに奴隷の印があったのだろう。
「わたくしはご主人様に買って頂けたおかげで救われました。かつては奴隷も今より扱いが酷い時代でしたからね。最初に手を差し伸べて頂いたときはまさしく救世主のように映ったものです。わたくしはハスミ様が奴隷を救済しようと試みる姿を見て、かつてのご主人様を重ねていたのかもしれません」
「あんたのそのご主人様は――」
「はい、あの方は無法者に殺されてしまいました。わたくしはご主人様が殺されたと聞いたとき、とても悲しみを覚えました」
いや、寿命でお別れしたとかそういうストーリーじゃねえのかよ。
やめてよそういうのこの場で持ち出すの。
ゾーイは応接室のドア付近に控えていたベルナデットに視線を送る。
「あなたにはわかるのではないですか? この気持ちが……。自分のすべてだった主人の命が理不尽に奪われてしまったとき、その奪った相手に対して言葉では言い表せない激情が沸くことを」
ゾーイは俺の背後に控えるベルナデットへ同意を求めるように訊ねた。
他国の要人から返事を求められたベルナデットは俺のほうに顔を向けてきた。
まあ、好きに答えていいよ。
「それは……そうかもしれません。想像でしかないですが、ジロー様になにかあればわたしは冷静ではいられないでしょう」
どう答えるべきか逡巡したようだが、最終的に彼女はゾーイに肯定の意思を示した。
ふーん、そんな感じなんだ。
「そう、わかってくれたならよかったです」
共感を得られたエルフは若干陰がある笑みを浮かべる。
亡き主人とやらを思い出してセンチメンタルになってんのかな。
で、これが何の話に繋がるんだ?
ぶっちゃけ少し話を逸らされてる気もするけど。
「わたくしの判断ミスは申し開きのしようがございません。ですが、ハスミ様の行動は共和国でも賛同者がいないこともないのです。その多くはいわゆる下層階級に属する者たちで一人一人は大した力を持っていませんが……民衆の支持というのは決して侮ることができないもの……。ハスミ様の犯した罪は重々承知しておりますが、この共和国から離れた地で刑罰を受けさせることはなんとしても我々は避けたいのです」
「………………」
これはハスミを仮に処刑したりしたら、それを救えなかった共和国に不満を持った支持者たちが暴動を起こしかねないから勘弁してくれと言っているのだろうか?
まあ、ハマった信者ってやつはハスミのやらかしの経緯など関係なく、ハスミがどういうふうに扱われたかの結果だけで憤りそうだしな。
ゾーイの言うとおり、熱烈になった支持者は侮ることができない。
心に誰かを崇めるスペースを作り上げた人間は平気でリアルをねじ曲げて不平を訴えてくる。
ニコルコの領主が無実のハスミを陰謀で罪人に仕立て上げたとか、間違った事実を妄想されて俺が極悪非道な人間として恨まれる可能性もありえるだろう。
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