第172話『ぽんぽんぺいん?』
◇◇◇◇◇
「しかし、まさかゾーイ様が直々にいらっしゃるとは思いませんでしたな」
対談を終えてニコルコ勢だけになった部屋。
そこでシルバリオンが腕を組んでしきりに首を傾げていた。
「人選があの人だったのってそんな意外だったの?」
共和国での彼女の立ち位置が深く認知できていない俺はシルバリオンの言っていることに対していまいち実感が沸かない。
「ええ、あの方は100年以上も前から共和国の中枢を支えてきた重鎮です。ハイエルフの長い寿命でもって国の移り変わりを見守って下さった、言うなれば共和国の生き字引のような存在。現在では表舞台にはさほど姿を見せることもありませんが、共和国民ならあの方を出向かせて交渉の席に着かせるなど畏れ多いと誰もが思うことでしょう」
「ふーん」
偉いんだろうなとは認識できてたけど。
そこまでレジェンド扱いの人だったのね。
国内でそこまで敬われているのだとすれば、ゾーイがニコルコに来たのは彼女自身が志願したとかなのかな。
まあ、国の平和を託すべき存在の勇者が他国でやらかしてとっ捕まったのだ。
それくらい立場のある人物が重い腰を上げて誠意を見せようとするのもわからないことではないか……。
「そういやあの人、元奴隷だったとか言ってたけど、そこについて共和国では偏見とかあったりしねえの?」
「それは国の上層部なら誰しも知っている事実ですが、あの方の国に対する長年の貢献は計り知れないものです。ハイエルフの優れた魔法で何度も国を災厄から救って頂きましたし、多くの知恵を我々に授けて文化の発展にも尽力して下さいました。今の共和国の規模があるのはあの方の献身あってのこと。それだけの功績のあるゾーイ様を出自で蔑む者などいるはずもありません」
なんか内政チートみたいなことやってんな……。
元奴隷のエルフだけど自慢の魔法と知識で問題を解決していたらいつの間にか国が大きく発展して敬われていました。みたいな?
翌日。
俺は地下にある牢を訪れていた。
「よう、ハスミ、元気か?」
コンコン。
牢屋の柵を叩いて軽く鳴らし、そこでうなだれている人物を呼び起こす。
「ああ……おじさんですか……」
焦燥したような声で顔を上げたのはイキリ弓太郎ことハスミだった。
体育座りのような格好でうずくまっている彼は萎れた白菜のように大人しい。
おかしいな。
先日までは高い声でキャンキャンと『お願い! 出して! 出して!』って喚いてたのに。
声の出しすぎで疲れたのか?
まあいいや。
突っかかってこないのならこちらの用件をサクッと伝えてしまおう。
「昨日、共和国のゾーイってエルフの人が来たよ。お前がやらかした尻拭いで債権の買い取りや賠償なんかを約束していったぞ。そんでお前さんを今から引き取って国に連れて帰るそうだ」
「そう……ですか……」
ここから出られると聞いたら反応するかと思ったが。
ボンヤリしている彼には響いていないようだった。
こりゃ相当重症っぽいね。
「どうした? 随分消沈してるな? お腹痛いの? ぽんぽんぺいん? マジ卍?」
「ねえ、おじさん……。僕がやってきたことって間違ってたんでしょうか?」
「え? 今さら? なんでそんなふうに思ったの?」
あれだけ自分の行動に謎の全能感を持っていた彼が自信なさげに省みる発言をしたのでマジでびっくりだよ。
マジでお腹痛いんじゃないのかこれ……。
いや絶対お腹痛いでしょ。
俺が中学生のハスミに合わせて若者っぽい最新の最先端トレンドワードを使って話しかけてやったというのにスルーしたくらいだもん。
「実はおじさんが代わりにお金を出して救ってくれた奴隷の少女がこの間給仕係として食事を運んで来たんです」
「それで?」
「めちゃくちゃ憎しみのこもった目で睨みつけられました。『あんたのせいでわたしは奴隷になったんだ!』って言われたんです……。僕は知らなかったんですが、どうやら共和国では今現在、奴隷の需要が高まっているらしくて、彼女はその煽りを受けて奴隷を確保したい悪徳商人に嵌められて奴隷にされてしまったそうなんです」
「…………」
「しかも、奴隷の需要が高まってる原因は僕にあるみたいで……勇者の僕が奴隷を大量に買っていることが呼び水になって、上流階級の国民の間で奴隷を次々購入することを嗜みとするブームが起きてしまったって……」
有名人が買ってるから。
そうしているから。
そんな理由で経済効果が発生することは結構ありがちな話である。
でも、ハスミにとってはまったくもって想定範囲外な情勢変化だったのだろう。
最初のコメントを投稿しよう!