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控室のドアがノックされ、いよいよ自分の番が回ってきたなとふんぞり返っていた姿勢を正した。開けられたドアから顔をのぞかせた女性社員は、俺と目を合わせた途端に目じりを下げた。唇の端も少し、笑っている。
「菱沼航星(ひしぬまこうせい)さん?おまたせしました、どうぞ」
緩い巻き髪を肩の上でわざとらしく揺らしたその女性社員は、ドアを全開にし俺に部屋を移動するよう促した。
斜め向かいのドアを開けられて、小さく頭を下げながら中に入る。窓を背にした長テーブルには3人の面接官が座っていた。ドアを閉め、面接官のほうに向きなおってもすぐに着席してはいけない。どうぞと勧められてから座るんだと、声がかかるのを待つ。すぐだと思っていたのに、面接官の誰も声をかけてこない。なんだよいつまで立たせておくんだよと緊張の中でもイラつくことを忘れない俺。かわいげないのは自覚済みだ。
「ああ、ごめんね、どうぞ座って」
部屋に入って突っ立ってから30秒ほどは立っていただろうか。
やっと真ん中に座っている中年の男性が手で椅子を指した。
失礼します、と余所行きの声で呟きながら椅子に座った俺に満面の笑みを浮かべた中年男がちょっと不気味に感じた。
「キミ、イケメンだねぇ。背も高いし、かなりモテるんじゃない?」
初っ端からそれって、まるでホストクラブのバイトの面接じゃんか。
だけどこれまた自覚している事だから、そんなことないですと薄ら笑いを浮かべて見せてやった。
中年男の両脇にはいかにもキャリアウーマンの匂いをプンプンさせた目力強い美人女と、穏やかそうなたれ目が愛らしいけど口元に気の強さが感じられる地味系の女が座っている。
美人女が面接の始まりを宣言し、
「こちらが社長の梶原良伸、隣りが総務部長の中野まり恵、わたくしが企画部長の佐々木京香です、ではさっそく」と面接官の紹介をさらりと済ませ、テーブルの上で手を組んだ。
面接ではお決まりの質問をいくつか並べられ、俺も俺でありきたりの返事を返した。デザインの勉強をしたんだからそれを活かせる仕事に就きたいなんて答えは、愚問であるとお互いにわかっているのか、深く突っ込んで話が進むことはなかった。
一瞬会話が止まる。次の質問を考えているのか。
すると唐突に総務部長と紹介された中野まり恵が声をあげた。
「私の考える新事業にピッタリの雰囲気だわ、あなた」
彼女の言葉に梶原社長と企画の京香ちゃんが頭をかしげる。その様子を見て、きっとこの二人は初めて聞く言葉なんじゃないかと俺は推測した。ひっかかるのは、「新事業」。
「新事業?新事業ってなによ、私今初めて聞くけど、社長ご存知だったんですか?」
「いや僕も今聞いた・・まり恵・・いえ中野さん、新事業って、いったい何?」
総務部長をまり恵と名前で呼んだ瞬間の顔を、俺は見逃さなかった。
あの表情・・多分あの二人、できてる・・
中野まり恵は勝ち誇ったようなニヤケた頬で笑みを作った。
「実は新しい事業部をつくりたいと思って考えていたんです」
「え?どんな事業部?なにやりたいの?」
梶原社長は、興味に瞳の色を変える一方で、不安に身をこわばらせている。
その様子がおかしいのか、中野総務部長がにやりと笑った。
「プロポーズの疑似体験。ほんとうのプロポーズに縁の無い女性にその喜びを味あわせてあげたい、あたらしい商売をやりたいんです」
「はぁ?なにそれ?」
吐き捨てるような声音で企画部長が総務部長に斜めに視線を突き刺す。舌打ちさえ聞こえてきそうなほど眉間にシワを寄せた企画部長はきっと、地味な総務部長の事が好きじゃない、いやズバリと言うならば嫌いなんじゃないかと想像した。
当のまり恵ちゃんも負けじと口を捻じ曲げながら鼻を鳴らして言い放った。
「社内ベンチャー、みたいなもんよ。お決まりのものだけじゃなく規格外の商品っていうのがあってもおもしろいんじゃないかと思って。いかがでしょう?社長。よかったら私のプレゼン、聞いてみません?」
おいおい、俺の面接どうなるんだよ?っていうか、この場、なに?
「中野さん、今菱沼君の面接の最中だって解って言っているのであれば逆におもしろい。どうだろう佐々木さん、ちょっと聞いてみないか?」
思わぬ方向への舵きりに乗っかろうとしている会社のトップの言葉を、部下である企画部長が嫌だとは言えまい。
「菱沼君もどうだろ?少し付き合ってよ」
面接に来ている俺が断る事なんてなおさらできるわけない。声なく頷いた俺に再びニンマリと笑いかけた不気味な社長から強気の地味系まり恵ちゃんへと視線を移し、次なる余興の始まりに期待を込めた。
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