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「プロポーズされる喜び、あなたにも」
これが新事業のキャッチコピーらしい。暗幕を引き電気を消した部屋の中、
ホワイトボードに映しだされた企画内容をまり恵ちゃんが読み上げる。
「今の時代、恋愛はしても結婚はしない、と言う女性も男性もいます。結婚をする男女の間ではプロポーズの具体的な言葉や演出など思考を凝らす人、そういう方たちにはうちの本業である演出という商品を提供すればいいわけですが、では結婚をしない人達にむけての商品はとくに考える必要はないのでしょうか?私は、こういう人たちにこそ提案できる商品を作りたいんです。結婚をしないと考えているならば、結婚式というセレモニーは経験できないのは承知しているでしょう。でも恋愛をしているなら、結婚しなくてもできなくても、一生の愛を誓うプロポーズは経験してみたいと思う人もいるのではないでしょうか。実際、そういう女性の話を聞く機会がありまして、結婚はあきらめているけどせめてプロポーズされる喜びは味わってみたいと話されていました。
そこで考えたんです。プロポーズ体験という商品を」
「あの、ちょっといいですか?」
小学生みたいにピーンと手をあげた俺に3人が一斉に注目した。
「なかなか面白い企画だと思います。が、なんで俺・・いえ僕を見てプレゼンを具体化したんですか?その意味が知りたいですね」
冷静に質問する俺に、さっきまで気味悪く微笑んでいた社長の目がつり上がった。おまえ今の自分の立場解ってんのか?と顔に書いてあるように俺には見えたんだけど。
それでも平静を装ったのはさすが社長。ゆっくりと頷きながらまり恵ちゃんに訊ねた。
「彼の言う通りだね。どうして今急に話を持ち出したの?それと彼がどういうところにぴったりだって思うのかな?」
あれ?つり上がった社長の目はそのまままり恵ちゃんにも向けられいてる。
面接を中断させたから?って感じじゃないようだな・・
「ズバリ言います。彼、菱沼君はかなりのイケメンです。私だけじゃなくお二人もそう思っているでしょう?プロポーズの体験、それ自体は偽物なわけです。だったら、どうせだったら縁遠いと感じられるようなイケメンが相手だったら、本当の意味での夢をみられるんじゃないでしょうか」
夢・・そうか、彼女の求めているのは「夢」なんだ。叶いそうもない夢を叶えてあげたい。それがまり恵ちゃんがやりたいことなんじゃないか。その気持ち、俺にもわかる気がする。中味は嘘、いや架空でも、実際に生身の人間がその空間を作りだし時間を共有するわけだから、現実離れしている方が依頼者にとってはいいのかもしれない。
なるほど、だから俺みたいなかなりのイケメンがやってきて
実現への扉が開いちゃったわけか・・
「僕もとても興味がわきました。合否云々の前に、この事業はやってみる価値あると思えます。中野さんの思いつき、素敵ですね」
言い終わって、さすがに俺も生意気だったなと反省した。判断される立場のくせに社会人の先輩に対してかなりエラそうな口をきいてしまった。
こりゃ落とされるかな・・?
「よし、わかった」
めずらしく弱気になって斜め下をむいていた俺の耳に威勢のいい社長の声が飛び込んだ。
「菱沼君と一緒にためしにやってみよう。菱沼君、採用だ。最初の3ケ月は試用期間、アルバイトと同じ待遇だ。その間は中野さんの立ち上げる新事業部に配属するから、君自身の力も発揮してみなさい。企画力、演出力、試されるし勉強になるよ。どうかな?」
「はい、是非やらせてください。よろしくお願いします」
躊躇う事無く採用を受け入れた。ちらっとまり恵ちゃんを見ると、にっこりと笑った。だけど・・自分の案が通ったという仕事の成功に対する喜び、の笑顔とは違う・・様に見えた俺は・・とことんひねくれているのだろうか。
でもほんとに・・別の何かを感じる・・
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