ハッピーサプライズ

1/3
15人が本棚に入れています
本棚に追加
/72ページ

ハッピーサプライズ

 面接の順番を待つために通されたこじんまりとした部屋の椅子は、イタリアでは有名なインテリアデザイナーの手がけたものだとわかる俺は、デザイン総合専門学校を卒業したばかり。家具のデザイナーになりたくて、でも給料も待遇も満足できそうな中堅以上の会社を受けたがどこにもひっかからなかった。デザイナーとしての将来性を感じられないのかそれとも「会社員」的な待遇を希望するようなクリエイターはいらないのか、マッチングはうまくいかずに卒業を迎えてしまった。  このままフリーターになってバイトの掛持ちか勉強した事などまるで役に立たない業種で働くことになるのか。それは嫌だった。 なにか、他人と違った仕事をしたい。銀行員とか商社マンとかIT関連、と 一言で説明がつく様な仕事、じゃないものをやりたい。じゃあなにがあるよ?と求人サイトを見ていたら、ん?とスクロールする指が止まった。プロポーズのサプライズ演出を請け負う会社で開業してまだ3年ほどの、いわば生まれたての会社。 「ハッピーサプライズ」という、内容と一致しすぎる名前の会社の面接をこれから受けようとしているのだ。それにしても・・プロポーズの演出を商売にする、それを買う客がいるなんて、最初に思いついた人はスゴイと思う。  今時は、なんでも商売になる。親父に言わせると、 良い言い方をすれば瞬発力、悪い言い方をすれば一発屋的な会社がこんなにも増えるなんて、世の中変わったもんだと羨ましそうに吐き捨てる。 親父はまさにバブル時代の人間だから、終身雇用や年功序列が当たり前で、 地味でも基盤がしっかりしている会社で定年を迎えろと、酒を飲むたびに熱く語る。 「親父の頃とは違うんだよ」 毎度毎度の捨て台詞を、親父は鼻息で受け止める。 ベンチャー企業への注目度や関心は、だんだん世の中に侵透していっているとは思うが、だけどプロポーズという人生の節目のイベントを、要は他人に任せるなんて、任せようなんて、どういう類の人間が考えるのだろうか。4つ年上の姉貴は、昨年恋人から結婚を申し込まれ、来年結婚することが決まっているが、プロポーズの言葉も場所も特別変わった演出もなく、彼の部屋で姉貴の作った晩飯を食べた後に小さな小箱を渡されただけだと、それでも幸せそうに目を伏せながら弟の俺に指輪を見せびらかしていた。 そう、どんなシチュエーションだって将来の約束を求められれば嬉しいはずだ。とびきりシャレたレストランの特別な席じゃなくったって海外ブランドのご立派な指輪じゃなくったって、その場面に直面すれば喜びに声も体も震わせるだろうに。  自分だったら・・わざわざ金を払ってまで人生の舞台演出なんて頼まない。が、「仕事」として考えると、なんとも興味をそそられる。さっきも言ったけど、簡単な言葉で説明理解してもらえる仕事じゃない事をしたい俺にはうってつけかもしれない。それにデザインというクリエイティブな勉強も役立つかもしれないと、応募してみることにしたのだ。
/72ページ

最初のコメントを投稿しよう!