第4章 平穏と、綻びと

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     *  八月は一度もバイトがなく、ほとんどを実家で過ごした。  その間も、月払いの学費は支払い続けなければならない。帰省しているだけだから、アパートの家賃だってかかる。とはいえ、どちらの出費も見越して六月までに稼いでおいたから、一ヶ月程度ならバイトの収入がなくてもなんとかなるはずだった。  冬に行われる公認会計士の資格試験に向け、そろそろ本腰を入れて勉強を始めたかった。  難易度の高い資格試験だ。私自身、就職後に仕事をしながら合格を目指せるほど器用なタイプではない。十分な勉強時間を確保して試験対策を講じられるのは、やはり在学中のみだろうと思ってしまう。  試験本番まで時間の余裕はあるが、まとまった休暇は今の夏休みくらいしかない。秋になればバイトもまた忙しくなるだろうし、できるだけ今のうちにという気持ちは強かった。  隣県にある実家は、住んでいるアパートから車で一時間半程度の場所にある。私は車を持っていないから、帰るとなるとその都度電車を使うことになる。実家がある町はかなりの田舎で、特急も通っていない。鈍行を乗り継いで帰るしか手段がなかった。  荷物が多いと、この電車旅はなかなかに骨が折れる。ただ、最寄りの駅から実家までは大して距離が開いておらず、多少大きめの荷物を抱えていても、駅に着いてさえしまえば後はそれほど苦ではなかった。  外見が変わった私を見て、両親は揃って驚いた顔をした。  二ヶ月前に退院した父に『彼氏でもできたのか』と茶化され、顔が赤くなった自覚はあった。否定はしなかったから、父も母も、そういうことだと解釈したのだと思う。
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