第1章 神様と、私と

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     *     ***      *  仕事上がりに、いるかな、と思って事務所の奥側を覗き込む。  でもすぐに、そんなに運良く見つかるわけがないだろうと微かな自嘲が浮かんだ。  都築さんが、バンケットの社員ではなくウエディングプランナーなのだと知ったのは、初出勤の翌日――研修の時間を設けてもらった日のことだった。  元々、バンケットに所属していたという。だからあんなに現場の事情に精通していたのかと納得した。半年ほど前に部署異動があり、その際にプランナーになったと聞いた。無論、本人からではなく人づてに。  あれから一年が経過した今、彼が現場のヘルプに現れることは滅多にない。彼が駆り出されてくるのは、基本的にものすごく忙しい日に限られる上、他の階の会場に引っ張られていることも多々あるそうだ。  もちろん、彼自身が担当している挙式や披露宴があれば、その日に彼が手伝いに訪れることはない。この一年で私が都築さんの顔を見かけたのは、実際には数える程度しかなかった。  いいんだ。バイト上がりの目の保養にって思っただけだから。  最初から期待なんてしていないから、別に。  バイトを始めて一年が経って、仕事にも随分慣れた。それでも、彼が私にとっての神様であることに変わりはない。  自分が社会人になって、後輩や部下を持つ身になる日が来るのなら、ああいう対応ができる人になりたいと思う。それは憧れであり尊敬であり、そういう気持ちを、私は今も彼に抱き続けている。  恨みがましい内心を振りきるように、自転車を漕ぎ出す。  自転車にまたがると、ふくらはぎが鈍く痛んだ。今日もパンパンにむくんでいるだろうが、疲れて確認する気にもなれない。  溜息が出そうになるところを堪え、私は早々に自宅アパートを目指した。
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