あの子がいなくなった

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あの子がいなくなったのは、夏の終わりのことだった。 あの子は、皆の憧れの的。 クールビューティー。 学年1の才女で、生徒会長。 そんなあの子がいなくなった。 なんで? あの子は、何処に行ったの? 誰も、知らない。 あの子の取り巻きたちも、生徒会の連中も、誰一人、あの子が何処に行ったのか、知らない。 知らなかった。 皆、いろいろ噂した。 不治の病で、入院した。 いや、外国に留学することになったのだ。 違う、違う。 誰かが言った。 家庭で不幸があったらしい。 あの子の、たった一人の弟が、事故にあって、死んだらしい。 皆、何だか、納得して、そして、あの子のことは、忘れられた。 それから、半年が過ぎた頃。 あの子が帰ってきた。 冬の終わりのことだった。 あの子は、いなくなった時と同じように、ある日、突然、帰ってきた。 皆、あの子を受け入れて、当然のように、あの子は、また、学校の女王様として君臨した。 だけど。 いなくなっていた間の話は、シークレットだった。 誰も、知らない。 あの子が、何処で、何をしていたのか。 皆、弟が亡くなったことに関係していると、思っていた。 だけど、誰も、聞けなかった。 誰も、知らないまま。 だけど。 私は、ある人気のない夕方の校舎で見たんだ。 あの子が、誰もいない教室で一人、泣いているのを。 私は、声をかけられなかった。 何だか、とても、見てはいけないものを見てしまったような気がした。 それから、数年後。 あの子に街で会った時、私は、ふと、聞いてみた。 あの子がいなくなった時、何処に行っていたのかを。 あの子は、遠い昔を思い出すように、笑って言った。 「恋してたの」 相手は、もう、この世界の何処にも、いない人だった。 「私たち、恋してたのに、私の恋人は、私をおいて、いってしまったの」 あの子の左手の薬指には、綺麗な指輪が光っていた。 あの子は、結婚していた。 学生結婚だった。 相手は、私の知らない人だった。 そして、あの子は、いなくなった。 あの子の心は、何処かに、いってしまっていたのだ。 決して、帰ってなど、来なかった。 あの子がいなくなったのに、私以外の誰も、気付かなかった。 誰も。
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