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人狼ゲームⅢ
隣の部屋には、数名の男女がいた。
「……やぁ」
手前の椅子にもたれかかって立つ、俺と同い年くらいの青年は、俺を見てにこっと笑ってみせた。
「君もこのゲームの参加者なの?」
「え、あ……はぁ」
参加者、と聞かれて、戸惑ってしまう俺に、その青年はにこやかに歩み寄って来る。
「じゃあ、僕と同じだね。君、何て名前なの?」
青年が微笑みながら手を伸ばして来たが、俺はとても握手に応じる気にはなれなかった。
「……えーと、俺……くじら、です」
「くじら? へぇ」
咄嗟に口をついて出た名前に、青年はさほど驚いた様子もなく「じゃあ、僕はイルカだね」と笑って、俺の手を取った。
「改めて、よろしくね。くじらくん」
「は、はぁ……よ、よろしくお願いします?」
握った手を上下に振られながら、ふと残りのメンバーに目をやると、一人の女子と目が合った。
その瞬間、俺の心臓がドキンと跳ねた。
(うわ、凄い美人だ……!!)
真っ直ぐに伸びた長い黒髪に、涼やかな切れ長の瞳、透き通るように白い肌。背はすらりと高く、黒いロングスカートとコートという出で立ちが、彼女の綺麗さを更に際立たせていた。
(あ……目、そらされた……)
ふい、とそっぽを向いた端正な横顔に、俺の視線は釘付けになっていた。
(……まぁでも、こんな俺じゃ、まるで眼中にも入れられてないよなぁ……)
彼女に対して俺は灰色のジャージというほとんど家着姿で、黒髪はぼさぼさで伸びまくっていた。だらしないにもほどがある。
「……とりあえず、自己紹介しねぇか?」
そう声を上げたのは、先に席に着いていた、赤髪の青年だった。
見れば、この部屋もさっきの部屋と同じように円テーブルがあり、椅子が五人分用意されていた。
「俺達、誰が誰か分からない状態だろ。名乗ってさっさと始めようぜ、人狼ゲームを」
「そうだね……じゃあ、まずは僕から」
先程の青年が立ち上がって口にしたのは、俺に対して名乗ったのと同じ“イルカ”という名前だった。
「イルカ? それ、本名か?」
怪訝そうにする赤髪の青年に、イルカは笑って「まさか。このゲームでだけ、そう名乗る事にしたんだ」と返す。
「じゃあ、次は君が言ってくれる?」
「……え……?」
桜の髪飾りをした少女は、怯えながらも言った。
「さ、サクライです……あの、私、このゲームに参加するのは初めてで……」
「あ、それは俺も」
俺も、高校生くらいのサクライさんに合わせて手を上げた。
「つーか、ここどこ? って感じで……」
「そうなの? 初めての人が二人もいるなんて、珍しいね」
イルカが驚いた顔をする。彼や赤髪の青年の言動からして、このゲームには何度か参加した事があるみたいだ。
「説明するね。このゲームのルールは……」
「……自己紹介が先じゃないの?」
俺とサクライさんの間に座っていた、長い黒髪の美人が、遮るように言った。
「あぁ……そうだね、ごめんね姐さん」
「……その呼び方はやめてって言ってるでしょ」
心底嫌そうな顔をする彼女とイルカは、どうやら知り合いらしい。姐さん、という大人びたあだ名は、確かに彼女に似合っている。
「あたしはアネモネ。本名じゃないけど、この業界ではそう名乗らせて貰ってるわ」
「業界って……そんなのがあるのか?」
俺の言葉に、向かいに座る赤髪の男が、呆れたようにため息をついた。
「そんな事も知らねぇのか……俺はオオガミ。おい、名乗れよ灰ジャージ」
「は、灰ジャージって……くじらだよ。……あの、ここは一体……?」
何が気に食わなかったのか、オオガミは「はぁ!」と素っ頓狂な声を上げた。
「お前までんな偽名を使うのかよ? ……まぁ、別に良いけどよ。俺の知った事じゃねぇし」
「で、でも……ここがどこなのかも知らないなんて、おかしくありませんか……?」
サクライさんがおずおずと発言すると、アネモネさんも「確かにね」と同意した。
「参加者なんだから、そのくらい知ってるはずでしょ?」
「え? いや、知らないよ……っていうか、そもそも人狼ゲームのルール自体、あんまよく知らないんだけど……」
「てめぇ、ふざけてんのか!?」
オオガミが勢い良くテーブルに手をつき、俺を怒鳴りつけた。
「ルール・ド・ブックを読んだんじゃねぇか!! あれに全部書いてあったろ!」
「る、ルールブック……?」
「ルール・ド・ブック。人狼ゲームの規則が書かれてある説明書だよ」
まさか初心者が混ざってるなんてね、と苦笑しながら、イルカは俺に説明し始めた。
「ルールは通常の人狼ゲームと、あまり変わらないよ。知ってて参加したんじゃないの?」
「……いや、俺、参加してない……」
「は?」と、怪訝そうにオオガミが聞いた。
「俺、参加者じゃないんだけど。……巻き込まれただけだよ」
部屋の中に、しんとした空気が落ちる。
「……どういう事だよ?」
「……皆は、自分から参加したいと思って来たのかな? ……俺は、ただ単に巻き込まれただけなんだ」
俺は、ここに来るまでの経緯を語った。
「おかしいね……。君が受け取ったルームへの招待状は、ゲームの参加者にしか届かないはずだよ。それが何かの事情で君の所に来てしまったんだ」
「……つまり、ただの飛ばっちりか?」
「うん、そういう事だね」
「何だよ……」と俺は脱力し、「明日提出のレポート、大学から催促食らってるから、早く仕上げないといけないのに……」と呻く。
「……それは、停滞してたあんたが悪いと思うけど。……ていうか、無職じゃなかったのね」
「無職じゃないよ! あー、最悪だ……」
「……最悪なんて失敬な。むしろ幸運じゃないかな? 人狼ゲームに参加出来たんだからさ」
イルカはそう言って、ふふっと笑う。こいつらは望んで参加したのだろう。
「……なぁ。ルールってのを教えてくれるか?」
「もちろんだよ! 僕達五人の村人の中に、人狼が一人混ざってるんだ。僕達は誰が人狼なのか話し合って、このボタンで投票するんだよ」
見ると、テーブルにあるそれぞれの席には、五色のボタンがついていた。赤、黒、水色、桜色、そして、灰色。俺達の色があるらしい。
「赤がオオガミくん、黒がアネモネさん、水色が僕、桜色がサクライさん、灰色がくじらくんだね。皆から人狼と疑われ、一番多く票を入れられた人は……」
イルカの声が、ほんの少しだけ低くなった。
「……“処刑”されるんだ」
「……やべぇな……」
嫌な予感がする。さっきからの胸騒ぎの原因は、きっとこれだったのだろう。“処刑”という言葉の重みが、俺の肩にズシッとのしかかって来た。
「……処刑されても死なないわよ?」
「え? そうなのか?」
あまりにも俺の顔色が悪かったのか、アネモネさんが呆れたように言った。
「本当の意味では死なないよ。そもそもここは、ネット上にある仮想空間みたいなものでね。処刑された人は、強制的に現実世界に送り返されるんだ。だから、別に死ぬわけではないけど」
イルカが笑顔で付け加えたのは、俺を怯えさせるに充分な台詞だった。
「処刑される時は、死にそうなほどの激痛を伴うよ。あまりの痛さに、ショック死してしまう人もいるらしいけど、大丈夫かな?」
「……だ、大丈夫じゃねぇ……!!」
それを知って、イルカ達はここに来ているのだ。俺にはその気持ちは、到底理解出来そうにない。
「と、とりあえず、人狼を探しませんか?」
サクライさんの発言に、イルカが同意した。
「そうだね。人狼を見つけるゲームなんだから、早く話し合わないとね」
時計回りに、俺――くじら、アネモネさん、サクライさん、オオガミ、イルカの五人。この中に一人だけ“人狼”がいる。
「話し合うって、一体どうやって見つければ良いんだ……?」
「普通の人狼ゲームには、予言者や森番、多重人格なんかがあるけど……人狼と村人だけの場合、特定するのは難しく思えるね。だけど」
イルカは自信ありげな笑顔で俺を見る。
「話していれば、必ず矛盾が出るはずなんだ。それに気づければ、後は早いよ」
「……どうやったら見つけられるんだ?」
「……お前、ほんとに何も知らねぇのな」
オオガミが呆れたように言った。そんな事を言われても、俺はまともに人狼ゲームをした事がないのだから、仕方がない。
「そういうあんたは知ってるのか?」
「当たり前だろ。俺を誰だと思ってるんだよ」
「人狼じゃないの?」
そう返したのは、意外にもアネモネさんだった。
「はぁ?」
「あんたが人狼なんでしょって言ってるのよ」
「アホか。俺が人狼なわけねーだろ!」
「それはどうかな?」と横からイルカも加勢する。
「君はオオガミって名乗ったよね。オオガミ。オオカミ。だから君は狼なんだよ」
馬鹿馬鹿しい、とオオガミが吐き捨てた。
「いくら判断材料が少ねぇからって、んな適当な理由で疑われてたまっかよ!!」
「適当じゃなく、立派な理由の内の一つだよ。それで? 何か反論はないの? オオガミくん」
オオガミの顔が歪んだ。そんな無茶な理論、否定のしようがないだろう。何故イルカはそんな事を言ったのか。
(……もしかして……試してるのか?)
わざと適当な理由で容疑をかけ、その反応で彼が人狼かどうかを見ている……?
(……だとしたら、さすがだな)
素直に尊敬する。俺には、イルカの言う矛盾も、オオガミの言う判断材料も見つけられそうにない。
(……あれ?)
……見つけたかもしれない。
オオガミが、人狼だった時に生じる“矛盾”。
「……もし、オオガミが犯人だったら」
俺以外の四人は、全員俺を見た。
「もしもオオガミが人狼なら……そんな名前、名乗らなくないか……?」
ここはイルカ曰く“ネット上の仮想空間”だ。現実世界でないなら、いくらでも嘘がつけるよな?
「疑われてまずいなら、偽れば良いじゃないか」
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