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人狼ゲームⅣ
「オオガミって名前は、自然と狼を連想させるものだろ? ましてや、こんな状況下で、察しの良いお前らが気づかないわけないって、ちょっと考えたら分かるはずだ」
「……てめぇ、馬鹿にしてんのか?」
別に俺は、オオガミが何も考えていない馬鹿だと言うつもりはなかった。もしかしたらそうなのかもしれないとは思うのだが。
「オオガミが人狼だとしたら、自分が疑われる要素を一つでも減らしたいはずだ。なら、そんな名前を名乗ると思うか?」
「……た、確かに、極力疑われたくないわけですから、偽ろうと思いますね……」
「だろ? 俺なら確実にそんな名前は名乗らないよ。ここは仮想空間なんだから、いくら偽名を名乗ろうと勝手だろ」
オオガミは何か言いたげにしたが、せっかくの俺のフォローを邪険にして、また疑われるのも癪だという風に口を閉ざす。
「まぁ、僕も話題に上がるような名前は名乗らないでおこうと思うかな」
「……あんたって、意外と気づけるのね。見かけによらずなかなかのものじゃない」
アネモネさんの言葉で、もしかして、試されていたのは俺だったのでは? と俺は思った。
「み、見かけによらずは余計だよ」
「逆にそれを考えると、オオガミくんは人狼ではないという事になるね。人狼なら細かい所にまで気をつけるはずだからさ」
「俺が無粋みたいな言い方するなよ」
オオガミは少し苛ついたように顔をしかめてみせる。「容疑が晴れたのは良かったが、そもそもそんな理由で疑うのかよ」とでも言いたいらしい。
「でも反対に、それを読んで、あえて印象に残る名前を言ったって可能性もあるよね。人狼なら、自分が疑われる可能性を徹底的に排除するはずという、さっきのくじらくんの意見を利用してさ」
「んなわけねーだろ、どこの誰がこんな馬鹿げた理由で疑われると思うかよ!!」
反対――俺の考えの逆を行く理論。裏をかいた人狼の策略か……。
「そんな事を考えてたら、結局誰も信用出来ないだろ! ったく、話が難しいな……」
「当たり前だよ、これはそういうゲームなんだ。誰が嘘をついているのか、見極めないとね」
「……嘘……か」
俺がしばし考えた後に、ふと思いついた事。それが、俺には天啓のように感じられた。
「……皆、今自分の役職を知ってるんだよな?」
「は? 当たり前だろ、知らなきゃ出来ねぇじゃねぇか!」
なら、俺のあの平和なカードは村人だろう。狼には見えなかったし。俺はぼそっと呟いた。
「……人狼は……サクライさんじゃないか?」
「……え?」
サクライさんは状況を把握出来ていないようだった。どうして疑われるのか分からない、と、困ったように俺を見る。
「……急に疑ってごめん。でも俺は、一番怪しいのは、君だと思うんだ」
「ど、どうしてですか……?」
今にも泣きそうな顔のサクライさんを見ると、心が痛む。でも、俺は言った。彼女を疑った理由は、単純な事だ。
「サクライさん自身を疑ったっていうよりは……消去法だよ。俺はもちろんだけどさ、残りの三人も人狼じゃないと思うんだ」
「まぁそりゃ、俺は人狼じゃねぇが……他二人は除外されんのか?」
オオガミの言葉に、俺は「ああ」と頷く。
「まずオオガミは、さっきの一件からして恐らく人狼ではない可能性が高い。名前のせいで疑われるなんて思ってなかったみたいだけど、人狼なら不必要な所にまで気を遣い過ぎるだろうからさ」
「でも、それを読んであえて疑われないように、って可能性もあるよね?」
イルカが先程も示していた可能性だが、俺は「それはないよ」と首を横に振った。
「オオガミがそこまで考えられるとは思えない。言動を見ていたら分かるだろ」
「てめっ、馬鹿にしやがって……!!」
不服そうな声は上げたものの、否定すれば自分に容疑が向いてしまうため否定出来ない。
「次に、アネモネさんだけど……これは、単なる俺の直感だ。君みたいな素敵な人が、人狼なわけがない」
「な、何ですかその理論は……!!」
サクライさんが慌てた様子で抗議して来た。私は人狼じゃありません、と言いながら、目には徐々に涙が浮かんで来る。
「……実は、単なる直感だけじゃない。……サクライさんは俺と同じで、人狼ゲームは初めてなんだよね?」
「そ、そうですけど……」
「それに比べて、オオガミ、アネモネさん、イルカの三人は熟練者だ。そんな奴らの前で、初心者である俺達二人が、人狼だとバレないようにしようと思っても、ほぼ不可能に近い」
「……何をおっしゃりたいんですか?」
俺達二人は人狼ゲームの経験が、他の三人に比べて圧倒的に少ない。何を嘘だと言われて、どこで疑われるかも分からない。ボロを出すのを恐れている時、解決策は一つだけ。
「何も言わなければ良いんだ。余計な事を喋らなければ、ボロを出して疑われる事もないだろ?」
「……自分から発言しない人が人狼、と言いたいわけね」
俺の意見を、アネモネさんが継いで説明してくれた。初心者の人狼は黙ったり、大人しくなるケースが多いと。
「そ、そんな……! 私は……違います!! 私はただ、何と言ったら良いか分からなかっただけで……!」
「人狼ゲームのセオリーには、多弁占いステルス吊りという方法があるんだけどね……」
イルカが人差し指を立てて説明し出した。
「黙っている人を処刑して、よく喋る人を占う。……これは占い師、つまり予言者がいたらの話だけど、発言の少ない人を処刑する事は、どのゲームでもよく行われるんだ」
「ち、違います……私は、こういうの初めてなんです! 皆さんとは違って……!!」
「分からないのに参加しようとしたわけ? こんな所に来るくらいなんだから、普段から人狼ゲームしてるでしょ?」
アネモネさんの鋭い台詞に、サクライさんはぐっと言葉に詰まった。
「ルールを知らないなんてのは通用しないわよ?そこの灰ジャージと違って、貴方は望んで参加したんだから」
「は、灰ジャージはやめてほしいな……」
「貴方の口数が少なかったのは、貴方が人狼だから、っていうのが、あたし達の考えよ」
サクライさんは、もう何も言い返せなくなっていた。ただ目に涙を溜めて、俺達を見つめる。
「……わ、私は違います……信じて下さい……」
「……」
誰も何も言わない、その空気を振り払うように、イルカが手をぱんぱんと鳴らした。
「投票しようか。もう決まったね」
「そ、そんな……!! やめて下さい!!」
「悪いけど、そんな優しいゲームじゃないのよ」
アネモネさんが冷たく言い放つ。この人達は……イルカも、オオガミも、本気でゲームをしているんだと、この時になってようやく気がついた。
「君は来たくてこのゲームに来たんじゃないの?だったら、心を決めないとね」
イルカは笑顔のままで、桜色に点灯するボタンを押した。
それを皮切りに、アネモネさんとオオガミもサクライさんのボタンを押す。
「……く、くじらさん……」
サクライさんが、縋るような目でこちらを見ていた。俺の心は大きく揺らいだ。
「……っ、何でまだ終わらねぇんだよ……」
通常なら、これでサクライさんに三票入った事で彼女が最多得票者になる事は確定したのだから、もう俺が投票しなくても良いはずなのに……。
「投票タイムは、皆投票するまで終わらないよ」
イルカが、俺の心中を察したように言った。
「全員が、背負わなきゃいけないんだ。その子を酷い痛みと共に、現実世界に送り返す責任を」
「……早くしろ。お前が言い出したんだろ、サクライが人狼って」
皆が見ている中、俺は――
サクライさんのボタンを押した。
「……!!」
サクライさんは俺を見つめて、信じられない、という表情で、言った。
「……私は、人狼じゃない……」
そして、サクライさんが押したのは、灰色のボタン――俺の、くじらのボタンだった。
「私は人狼じゃない!!」
サクライさんが叫ぶように言った途端、テーブルの中央のモニターに、赤い文字が表示された。
『投票の結果を集計中』
「あんたがあんな事言わなきゃ、私が勝ててたのに!! あんたのせいだ!! あんたのせいで、私は……」
さっきまでの口調を失ったサクライさんの頬を、一滴の涙が伝い落ちた。
「……連勝、出来なかったんだ……!!」
「……!?」
連勝。彼女は確かにそう言った。どうしてだ? 初めてだったんじゃないのか? 俺と同じ、彼女は人狼ゲームは初めてで……。
「……嘘……ついてたのか?」
「うるさい!! うるさいよ!! もうちょっとだったのに!! あと少しで勝てたのに!!」
サクライさんは、茶色の髪を酷く振り乱して、半狂乱だった。彼女は嘘をついていた……その事実が、俺の心臓に重くのしかかっていた。
「サクライさん……何で……」
「知らないよ!! あんたなんかに話す気はないから!! あんたが、あんたが私を疑ったから、私が死ぬ事になるんだ!!」
「死ぬって……でも、本当の意味では死なないんだろ?」
俺の声は、サクライさんには届いていない。取り乱す彼女の隣で、モニターに再び文字が映った。
『投票の結果、処刑されるのは、桜井 日和となった。今から処刑の準備を始める』
「やだ……嫌だ!! 嫌だ嫌だっ!!」
サクライさんの身体は、さっきまで彼女の座っていた、桃色の椅子に引き寄せられた。
「やめて……!! 嫌……」
天井から勢い良く水が落とされ、背もたれに太いベルトで固定されたサクライさんは全身ずぶ濡れになる。
「やだ、嫌だぁぁ!! お、お兄ちゃん……」
『それでは、処刑を開始する』
途端に、サクライさんの身体は明滅した。
「あああぁぁぁああぁぁッ!!」
駆け巡った電流が、サクライさんの全身を焼き、黒く焦がしていく。
「……」
シュウウゥゥ……と煙を上げて、サクライさんは動かなくなった。
「……っ……」
「……あ、残念だったな」
あまりの惨さに呆然と立ち尽くす俺の横で、オオガミがモニターを覗いて言った。
「サクライは、村人だったみてぇだぜ?」
画面の中で、サクライさんによく似た少女が朝日を浴びて、村をバックに笑っていた。
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