人狼ゲームⅣ

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「村人……」  サクライさんは、人狼ではなかった……村人だったにも関わらず処刑されてしまったのだ。死にはしないが、死ぬほどの激しい痛みに襲われて。 「……俺のせい……?」 「……電気椅子かぁ。ま、処刑方法で言うなら、まだマシな方だよね」  立ち尽くす俺の隣で、イルカがさらりと恐ろしい事を言う。 「酷いと、昔の拷問を元にしたものもあるからね。あれは辛いよ? 一度食らった事があるけど」 「……何で」 「え?」 「……何でお前はこんなゲームに、望んで参加なんかするんだ……!?」 イルカは特に驚いた様子もなく、「あぁ、それはね」と笑って返した。 「くじらくん、ルームマスターって知ってる?」 「ルームマスター?」 「うん。このルームを開いた主だよ」  水色の椅子に座り直しながら、イルカは解説する。電流が流れるかもしれない、そんな事は気にしてもいないようだった。 「ルームマスターはインターネット上でルームを開いて、そこに参加者を招くんだ。処刑方法などが、ゲームマスターによって変わる事はあるよ」 「……お前が、そのゲームマスターなのか?」 「まさか。ゲームマスターはあくまでも主催者であって、参加者じゃないんだよ。本人がゲームに参加するなんて事は滅多にないんだ。そこで、僕がゲームに参加する理由だけど……」  イルカは、小さく人差し指を立てて言った。 「僕は、知り合いなんだ。今回の人狼ゲームの、ルームマスターとね。だから、その伝手で、よく参加させて貰っているんだよ」 「……答えになってねぇ……こんなゲームのどこが楽しいんだ……?」  分かってないなぁ、とイルカは苦笑する。 「そんなの、初心者の君に言っても分からないよ。今必要なのは、誰が人狼なのかを話し合う事だからね」  また、始まってしまう。人狼を見つける話し合いが。もし俺が処刑されたら? もしまた俺のせいで、無実の人が痛い目に遭ったら? 「……人狼は……俺だ」 「え?」  気づくと、俺は呟いていた。 「俺が人狼だから……処刑してくれ。俺を処刑すればこのゲームは終わるから……」  一瞬の沈黙の後、イルカが、はぁ……とため息をついた。 「どうしたの? 急に自分が人狼なんて言い出してさ。さっきまではあんなに人狼じゃないって言ってたのに」 「……俺が人狼だ……皆、俺を処刑してくれ」  イルカは少し呆れたように、横にいたアネモネさんに「これって、魔女いたっけ?」と確認した。アネモネさんは首を横に振る。 「魔女でもないのに、人狼を名乗っても得はないよ……?」 「……あのねぇ、あたし達は、あんたに言わせればプロなのよ。あんたが嘘をついているかどうかくらい、よく見ていなくても分かるわ」  アネモネさんが、同じく呆れながら言った。 「貴方は人狼じゃないわ。村人だって嘘をついてサクライを追い詰められるほど、貴方は賢そうには見えないもの」 「……それ、貶してないかな?」 「褒めてるのよ、正直者だって。とにかく、貴方は人狼じゃない。あたし達三人の中にいるのよ」  俺の主張は、全く聞き入れて貰えなかった。確かに俺はただ、ゲームを早く終わりたいだけだ。俺が処刑されても、ゲームに負けても良いから、こんな最悪な空間から早く抜け出したかった。 「僕も、くじらくんは嘘をつけないと思うよ。となると……」  イルカの視線が、オオガミに向いた。 「……あ? 俺かよ」  オオガミは先程までと同じように、怪訝に顔をしかめてみせる。その仕草は、さっきからずっと同じだ――まるで作ったように同じ。 「やっぱりさ、わざわざオオガミなんて名前、名乗る必要ないと思うんだ」 「俺がどんな名を騙ろうと勝手だろ。大事なのは、人狼を見つける事なんだからよ……」 「単刀直入に聞こう……オオガミくん。君は、ルール・ド・ブックを読んだよね?」 ルール・ド・ブック……オオガミが発言していた人狼ゲームのルールブックのようなものだ。 「あ? ああ、当たり前だろ」 「それってどこにあったの?」 「どこって……テーブルの下だよ、いつもあんのと同じ場所だろ」  何が言いたいんだ、と言いたそうにイルカに向けたオオガミの表情が、俺には、もう作り物に見えて仕方なかった。 「オオガミくんって、人狼ゲーム熟練者? 初めてではないよね?」 「ああ……熟練者ではねーけどな。これで四回目だ。……それがどうかしたか?」 「ありがとう。これではっきりしたよ」  イルカはにっこり笑って、左手の人差し指をオオガミに向けた。 「人狼は君だ、オオガミくん。君は、ルールをもう知っているよね? なのに何故、わざわざルール・ド・ブックを確認したの?」  「答えは簡単」とイルカはオオガミが答える前に、彼に向けていた指先を天井に向けて言った。 「人狼役をするのが初めてだったんだ。だから君は戸惑って、初めての時に使ったルール・ド・ブックを確認したんだよ」 「……はぁ? ちょっとルールを見直そうと思っただけだろ。他意はねぇよ」  心外だという風に、眉をひそめるオオガミ。 「今回が初めてのくじらくんは、ルール・ド・ブックの存在に気づかなかった……机の下なんてわざわざ見ないからね」 「別に……前に参加した時より時間が空いてたから、思い出そうとしただけだ。俺が人狼って証拠にはならねぇぞ」 「それはどうかしら」  アネモネさんが言った。「……あぁ?」と、オオガミは本気で怪訝な表情になる。 「あんたはさっきサクライのカードが表示された時、一目見てそれを村人だと判断したけど……」  モニターに映ったままの、サクライさんのカードの絵を、アネモネさんが指差した。 「カードには、役職名は書いてないわよね?」 「あ、そういえば……」  カードに役職名は書かれていない。だから俺は、初めてカードを見た時、何の役職か分からなかったのだ。 「んなの、俺と同じ絵柄だからだぜ? 俺が人狼だったら、村人とは断言出来ねぇはずだろ!! 自分のカードと、違う所があるかもしれねーんだからよ……」 「確かに、不用意な発言は避けるべきよね、人狼さん」 「……埒が明かねぇな。てめぇは何が理由で、俺が人狼だって言いたいんだ?」  決まってるじゃない、とアネモネさんは答えた。 「カードの役職を断言するには早過ぎたのよ。サクライのカードが画面に表示される前に貴方はもう彼女は村人だと言っていたわ」 「……はぁ?」 「役職の文字がカードに書かれていたならともかく、貴方が絵柄を見て一瞬で判断するには、あの時間は短過ぎたのよ」  「てめぇ……」と、オオガミの表情が大きく歪む。 「……なわけねーだろうが……じゃあ、どうやって判断するんだよ!!」  アネモネさんが勝ち誇ったような笑みを浮かべて、オオガミを指した。 「人狼だったから……貴方は、自分以外の人が全員村人だと知っていたのよ。だからサクライのカードが村人であると断言出来たの」  オオガミはそこでぐっと黙り込み、何を言うべきか考えているらしかったが、イルカが先に口を開いた。 「初めての人狼役にしては、まぁまぁ上手だったね。でも、君がルール・ド・ブックを読んだ事と、サクライさんのカードを村人と断言した事……それが人狼である事の証拠だよ」  迷っていた様子のオオガミが、口を開く。 「……、じゃあ――」 「うん。投票タイムと行こうか」  オオガミの言いたかった事を、イルカが本当に代弁出来たのかは分からない。でもイルカは君の言いたい事は何もかも分かっているというような笑みを浮かべていた。  その笑みのまま――赤色のボタンを押した。 「悪いけど、今回はオオガミみたいね」 「……お前ら……」  オオガミは、赤いボタンを押した二人を睨んだ。実際に死なないとはいえ、さすがにあれを食らいたくはないだろう。 「くじらくん。オオガミくんに入れるよね?」 「……あのさ。もし俺が、イルカに入れたらどうなるんだ?」  え? と、イルカが首をかしげた。 「俺とオオガミの票がイルカに入ったとしたら、オオガミとイルカの同票になるよな? そしたら誰が処刑されるんだ?」 「その場合は二人共処刑かな。まぁでも、それはないだろうけどね」  もう人狼が誰かは確定してるからね、と笑うイルカを横目に見ながら、俺はボタンを押した――  灰色の。 「……え……?」  声を上げたイルカだけじゃない、オオガミもアネモネさんも驚いていた。 「……く、くじらくん? それ、自分のボタンだよ? 何してるの?」 「……これでオオガミが俺に入れれば、俺とオオガミが処刑されて、俺達は現実世界へ帰れるんだよな?」 「そうだけど……何してるの!? これでもし、オオガミくんが人狼じゃなかったら……アネモネさんが人狼だから、村人と人狼が1:1で、村人の負けだよ? それでも良いの!?」  あり得ないよ、と俺は呟いた。え? と、聞き返すイルカを無視して、オオガミを見る。 「……オオガミ。俺に投票してくれるか?」 「……何でだよ……」  オオガミは心底嫌そうな顔をした。 「お前な……村人のくせに、人狼を勝たせたいのかよ? さてはお前、人狼か……!! ……いや、人狼なら、ここで自分には入れねぇか……」 「そうだよ」  俺はオオガミに歩み寄った。 「俺が人狼だ。だから、俺が処刑されれば村人の勝ちだ。それで良いだろ?」  オオガミが、本気で驚いた顔をした。 「……何言ってんだ、今更そんなの信じるわけねぇだろ……!」 「じゃあ別の誰かに投票すれば良い。その代わりお前が処刑される事になるぞ?」 「お前……」  オオガミはわけが分からないという風に首を振った。イルカも後ろで苦笑している。 「……くじらくん、そんなにこのゲームから降りたいんだね……」 「当たり前だ。まだレポートが半分以上残ってるんだ、早く戻って仕上げないとまずいだろ」 「……ゲームよりレポートの心配かよ」  オオガミはぼそりと呟いた後、ぶっきらぼうに「……じゃあ、押すぞ」と手を上げた。  オオガミがボタンを押した音がして、モニターが再び輝いた。 『投票結果を集計中……投票結果を集計中』 『投票先は――』
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