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八重嶋さんと深谷さんの結婚話の火消しは大変だった。
深谷さんとしては、私が分かっていればそれでいいって思っていたようだけれど、八重嶋さんがいくら否定しても、二人は上手くいかなくなって別れた、相手が誰かは分からないけど、三角関係の縺れ? など、また在りもし無いことを様々言われているようだった。よくもまぁ広まるものである。
ところが、その噂に振り回され、もう少しで大事な人を失うところだった深谷氏の、堪忍袋の緒が切れた。
「深谷くん、結婚ダメになったんだって?」
始業前の、誰もがまだ仕事脳ではないぼんやりとした空気の中、富永統括マネージャーが、深谷リーダーに声をかけた。
「はい?」
「八重嶋さんだよ。君たち結婚するんじゃなかったの?」
「……」
深谷さんが、富永統括マネージャーをじっと見て、やや怒ったような表情でニヤリと笑ったらしい。
「八重嶋の件は全くのデマですね。どこからそんな話が出たのかもわかりませんし、つき合った覚えもありません」
それほど声は大きくないが、皆一斉に静まり返り、聞き耳を立てていた、らしい。
「じゃあやっぱり渡会さんなの? 渡会さんは総務の大事な人材なんだから、傷付けられたら困るんだけど」
「傷付けませんし余計なお世話です。そもそも最初から彼女しか見えてませんし、誤解されて振られる寸前だったのは、俺の方ですから」
と、私とも深谷さんとも馴染みの深い、富永統括マネージャーの前で言い放った。
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