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『もしもし陽ちゃん? 今大丈夫~?』
定期的な実家の母からの電話である。
「大丈夫だよ。今帰ってきたところ」
『変わりない?』
「うん変わりない。元気」
急用でなければメールでお願いと言っても聞いてはもらえない。私は電話が苦手だ。
『ところでね、近田さんが今年度で退職することになったの。陽 あなた、こっちに戻ってくる予定ないわよね?』
「うん、ない。今のところは」
私の実家は、地元ではわりと名の知れた老舗の麹やを生業としている。
まだ現役の父親と、そのあとを継ぐ予定の兄と二人で経営している。
兄はすでに結婚しており、子供も二人いる。
長く勤務している事務の近田さんが、結婚して県外へ引越しするのを機に退職するという。すごくおめでたい事だけれど、淋しくなるな。姉御肌で仕事もバリバリの近田さんを、私自身実家を出るまでは姉のように慕っていたから。
「おめでたいね。私もお祝いしたい」
『そうね。結婚式は今年の秋頃みたい』
誰かが退職する時、まず私に話が来る。
戻ってくる気はないのかと。
地元に帰って来る気はないの? と、いう意味で。親がそれを強く願っているわけでは無さそうだが、必ず連絡してくる。
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