第一話:ごはんをたべよう

3/4
59人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
「それで、冒険の成果はいかほどでしたかユメコさん」  夕方になって、帰って来たユメコにネクロマンサーが問うた。手洗いうがいをキチンと終えたユメコは、居間の椅子に座りながら声を弾ませる。 「あのね! きょうは、となりのおうちにいってたの。にわ、くさぼーぼーでね! んとね、ハサミみつけたからね、くさかりあそびしてた!」 「そっかそっかー」 「ネクロマンサーはなにしてた?」 「俺ー? 怪我治す薬作ってたよー」  ネクロマンサーは台所で、火を点けたハヤシライスの鍋をかき混ぜている。ちなみにこの火は魔法の火である。ネクロマンサーは死者の霊魂や肉体をアレコレすることが専門の魔法使いだが、軽い火を出したりちょっとした治療薬を作ったりと、基礎的な魔法もこなせるのだ。  ユメコはネクロマンサーの言葉に「そっかー」と返すと、部屋に漂ういい香りにソワソワと足をぱたつかせる。 「まだ? まだ?」 「よしこれぐらいでよいでしょう。ユメコ、運ぶの手伝ってー」 「あい!」  電子レンジでチンしたお米をお皿に乗せて、あつあつのルーをかけて、スプーンとコップと牛乳を用意して。  向かい合って座った二人は、「いただきまーす」と声を揃えた。 「……おいしい!」  ユメコはほっぺをハヤシライスでいっぱいにして、幸せそうに微笑んだ。なんともいい香りのする、コク深いハヤシライスである。肉にウイスキーの風味が染み込んでいる。玉ねぎも甘い。 「おいしいねぇ」  ネクロマンサーは柔らかな声でユメコの言葉に答えた。 「いっぱい作ったから、明日も食べれるよ。明日は食パンをカリっと焼いて食べてもいいね」 「やったー!」 「ふふ。おかわりもあるから、めいっぱいお食べー」  ネクロマンサーはそう言って――ふと、スプーンを持つ手がピタリと止まった。ユメコが首を傾げた瞬間、ネクロマンサーが「あ!!!」と勢い良く立ち上がる。 「おおう、ネクロマンサーどした?」 「やべーーッ!! 結界魔法かけ直すの忘れてた! 今日出かけた時にかけ直そうと思ってたのに!」  帰り道の「何か忘れてるような」の正体はこれか、とネクロマンサーはハヤシライスの残りをかきこむと、ドタバタ大急ぎで何やら支度を始めた。それを見たユメコもガーッとハヤシライスを胃袋に放り込むと、口を拭きつつ立ち上がる。やれやれ、という目をしながら。 「ネクロマンサーはウッカリマンだな」 「ぐうの音もでねえ! 行くぞユメコ、奴等が来る!」 「はーい!」  二人は玄関から外へと飛び出した。世界はすっかり夜だった。  そして――夜の闇の奥の方から、呻き声が聞こえてくる。それは無数の、歩く死者共の声だ。この世界には膨大な数のアンデッドがおり、それらは昼の間はほとんど動かないが、夜になると活発化するのである。  そして、死者共は命の気配に敏感だ。彼らはここらで唯一の生者であるネクロマンサーを狙っているのである。  その為、ネクロマンサーは普段は拠点周囲に魔法で結界を張っている。それは定期的にかけ直さないと意味がないのだが、ネクロマンサーはユメコ曰くウッカリマンなので、ウッカリ忘れていたのである。  その結果が、このアンデッドによる襲撃だ。 「ユメコ! 俺はちょっと結界張り直してくるから、その辺のアンデッド蹴散らしといて!」 「りょーかーい!」  ネクロマンサーは工房から引っ張り出してきた魔法の箒にまたがると、ふわりと空へ飛び立って行った。ユメコは「がんばってねー!」とネクロマンサーへ手を振った。 「よーし、やーるぞー」  残されたユメコは腕をぐるぐると回した。そうして構えれば、指先の皮膚を突き破って骨の爪が伸びてくる。ぬらりと鋭いこれが、人ならざるユメコの武装だった。 「うりゃーっ」  アンデッドの群れに飛び込み、ユメコは軽やかに骨の爪を振るう。そうすればのろまなゾンビは成す術もなく切り裂かれていった。  ネクロマンサーが結界を張り直しても、結界内のゾンビは駆除しないといけない。いっぱいやっつけたら褒めて貰えるかな、とユメコは張り切っていた。  ネクロマンサーが戻ってきたのはほどなくのことだった。 「ユメコー終わったぞー」 「おつかれー!」  死屍累々のアスファルトの上、ユメコは空飛ぶ箒で戻ってきたネクロマンサーに手を振った。 「よーし残りは魔法でちょちょいと片付けよう」  空中、箒に乗ったまま、ネクロマンサーは呪文を唱えて両手を広げた。そうすると次々と死霊が召喚されるのだ。武器を持った青白い魔力の光が住宅街を風のように吹き抜ければ、後には引き裂かれたゾンビのカケラしか残らない。 「まほう! かっこいい!」 「ネクロマンサーですからねぃ」  ユメコの隣に降り立ったネクロマンサーは、頑張ったゾンビ少女の頭をワシャワシャと撫でた。 「よーしよしよしユメコ頑張ったな、えらいぞえらいぞー。アンデッドいっぱいやっつけたねー」 「いっぱいやっつけた!」  褒めて貰えたユメコは満足げだ。骨の爪を元に戻して、ネクロマンサーに両腕いっぱいに抱き付く。 「だっこだっこだっこだっこだっこ!」 「はいはいなー」  ユメコに乞われるまま、ネクロマンサーは小さな体を抱き上げた。そのまま彼女の体に損傷がないか確かめる。特に傷はないようだ。 「うんうん、怪我しなかったのえらいぞ! 骨も折れてないね、無茶せずに頑張れたの凄い!」  昔は自らの肉体に頓着せずに動くものだから、すぐ脱臼したり筋肉がちぎれたり骨が折れたりしたものだ、とネクロマンサーはユメコの成長を喜ぶ。ユメコは自分の力のコントロールがうまくなっているのだ。  一方で、たくさん褒められたユメコは満面の笑みだ。照れ隠しのように、魔法使いの肩口に額をぐっと押し付けている。 「いいこいいこ。さて、お家に戻って指先の縫合ね」  ネクロマンサーは少女をあやすように揺すってやりながら、電気をつけっぱなしの我が家へと踵を返した。骨の爪を展開したユメコの指先は、皮膚と肉が破れてしまっている。だがユメコはゾンビなので痛覚はない。 (死体の処理は後で……)  アスファルト中に散らばった、骸に戻った骸達。アンデッド達の成れの果て。それらをチラリと見て、明日の作業の多さにネクロマンサーは心の中で溜め息を吐いた。 「ユメコの指を縫ったら……まずは風呂だな……」  続けて独り言つ。アンデッドに白兵戦を挑んだユメコは、死者の返り血でベタベタになっていた。そんな彼女をだっこして密着しているので、必然的にネクロマンサーのローブもベッタベタである。  片腕でユメコをだっこしたまま、ネクロマンサーはもう片手でドアを開け――「あ」と思い出す。 「しまった洗濯物しまいそびれ」 「おてつだいする?」 「して~」 「あい!」 「先にお風呂な~」 「おふろー」  ぽいぽいっと魔術装具のブーツを脱ぎ捨て、ネクロマンサーはゾンビ少女をだっこしたまま風呂場へと向かった。  ちなみに水については貯めた雨水を魔法で作った薬で浄化して使用しているぞ。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!