第一話:ごはんをたべよう

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お風呂に入って、リビングの机の上に置きっぱなしにしていたお皿を洗って、洗濯物を取り込んで畳んでしまって、布団を取り込んでしまって、家の掃除をして。  夜はアンデッドの時間。ゆえにユメコは夜の方がイキイキとしている。そんなユメコにライフスタイルを合わせているネクロマンサーもまた夜型人間だ。  なので二人には夜ご飯が二回ある。二回目の夜ご飯は真夜中に行われる。 「おいしい!」  魔法の糸で縫われた指先で、ユメコはトーストされたパンを持っていた。ハヤシライスのルーと一緒に食べているのだ。ハヤシ『ライス』をパンで食べるのはいかがなものか、だがこの世界はルール無用なのである。この世界は、そして人類は滅亡しているのだから。 「やっぱ時間置いた煮込み料理はおいしいねー」  ネクロマンサーはおかわりをしてハヤシライス(パン)を食べている。魔法を使うといつもよりお腹が空くのだ。そもそも大柄な体に見合って食も太いのだ。 「ネクロマンサー、おそときれいにしなくていいの?」  食パンの耳でお皿に残ったルーをこそぎながら、ユメコが上目にネクロマンサーを見た。彼は牛乳をグビグビ飲みながら、「あー……」と明らかに面倒臭そうな声を発した。  結界の範囲内にはアンデッドの肉片がぶちまけられている。放っておくとメチャクチャ臭いし、虫が大量発生するし、アンデッドの魔力が残った血肉を食らうことで、虫やネズミやカラスやらが魔獣に変異する危険性もある。 「うん……うん……これ食べ終わったら掃除しにいきます……」 「ネクロマンサーえらい!」 「うおおんユメコ俺をもっと褒めてワンモアさあやる気の為に」 「えらーい! ネクロマンサーえらーい! まほうがすごーい!」 「オッケー……行ってきます……」  ネクロマンサーは完食したお皿とコップを台所に下げると、かったるそうな足取りで玄関に向かった。  ユメコは「いってらっしゃーい」と彼を見送ると、椅子からパッと立ち上がり、二階へと駆けていく。ベランダから顔を出せば、ちょうど家の門から外に出たネクロマンサーが見えた。少女がそのまま見守っていると、ネクロマンサーがその魔法を発動する。 「おー……!」  闇がうごめいた。ユメコは目を真ん丸にする。散らばっていた血肉と骨がずるずると、まるで大きな川のように道を流れ始めたのだ。それは家からはす向かいの空き地に集まり、渦となって一つになっていく。ネクロマンサーはその渦をしげしげと品定めするかのように眺めると、指先を動かして、渦の中から数体のアンデッドを作り出した。  一体何をするのかとユメコが見つめていると、ネクロマンサーはアンデッド達に庭の手入れをさせ始める。やっぱりか、とユメコは思った。ネクロマンサーは庭の手入れをその死体や死霊を使役する魔法でよく済ませているからだ。ちなみに庭の手入れを終わらせた死体はボロボロと崩れ、肥料となる。  一方で魔法使いは渦から何かのエッセンスを瓶に採集していた。魔法の道具や薬の材料なのだろう。  そうしてネクロマンサーが掲げた手を握り込むと、渦は巨大な肉の塊になった。散らばっていた屍肉をぎゅっとまとめたような物体だ。 「ユメコー、やるぞー」  振り返るネクロマンサーが少女に言う。「見てるー!」とユメコは手を振りながら跳び跳ねた。ユメコはこれから起きる光景を見るのが好きなのだ。  ネクロマンサーが何やら瓶に詰めていた魔法の薬を肉塊に振りかける。そして呪文を唱えれば、屍の塊にばあっと火が点くのだ。 「わー!」  真っ暗な夜に明々と燃える炎。踊るようにくねる赤色。 「すごいすごーい!」  ユメコは手を叩いてハシャぐ。死体が燃える光景に喜ぶなど、世界が滅ぶ前ならば眉をひそめられたことだろう。だがユメコの周りにそんな顔をする人間はいない。ユメコの側にいるのは、偉大なるネクロマンサーただひとりだけなのだから。  魔法の炎は死者の塊を焼き付くす。肉の焦げる臭いが残った。それ以外には何も残らない。また夜は暗くなる。 「はー終わった終わった」  ネクロマンサーは首を回しながら、自宅へと歩き始める。 (次の結界張り直しは忘れないようにせねば……)  終末を迎えた世界では、既に曜日や日にちの概念もない。今が何月何日なのかネクロマンサーは記録していない。なので例えば一週間後と言われても、三日ぐらい経つと「あれ? あと何日だっけ?」となるのである。ネクロマンサーがちょっとズボラめな性格をしているのも原因の一つである。 「はい戻りましたよー」  ネクロマンサーがドアを開ければ、玄関にユメコが待っていた。 「おかえり! おつかれさま!」  そう言って両手を伸ばしてだっこをせがむユメコを、ネクロマンサーは「はいありがとー」と抱き上げる。この子は本当に甘えん坊さんだなぁと心をホッコリさせながら。 「ネクロマンサー! ユメコにもまほうおしえて! おしえて!」  ユメコがネクロマンサーのローブをぐいぐいひっぱる。 「そうだなぁ……じゃあ魔法の基礎の練習として、眠くなるまでお勉強しよっかー」  ネクロマンサーが言う『お勉強』とは、文字通り子供が学校で習うような、算数国語理科社会である。 「あ、でもその前に……」  ユメコをだっこしたまま歩きながら、ネクロマンサーはふとこう言った。 「なんか小腹空いたからオヤツにしよっか。玉子焼き作ったら食べる?」 「たべるー!」 「よーしじゃあ庭のネギ採ってきて」 「はーい! ……あ! ネクロマンサー! たまごやきにチーズいれて! チーズ!」 「りょっかーい」  答えながら、ネクロマンサーは「いっといで」とユメコを下ろした。  ネクロマンサー特製玉子焼きは、顆粒出汁と砂糖入りの甘いタイプだ。焼く前に粉チーズをドバッと入れると、チーズのコクが追加されてボリューミィになるのだ。  魔法使ってお腹すいたし、とネクロマンサーは玉子を大量に使った巨大玉子焼きを作成した。それはゾンビ少女と半分こされ、二人の胃袋に消えていった。  世界が滅んでからX日目の夜はこうして更けていく。世界中で、夜に明かりが灯っているのは『ゆめことねくろまんさーのいえ』だけである。  そして明けの明星が輝く頃、家の明かりは消えて、二人は並べた布団で眠りに就くのだ。
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