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僕の鯉のぼり
「これもいらないよな。」
「うん、まとめてゴミに出そう。」
父が亡くなった。
高齢ではあったけど、頭もまだしっかりしていたし、これといった持病もなかったから、なかなか信じることが出来なかった。
僕の頭の中には、元気だった父の記憶しかない。
いや、それは間違いではない。
父の死因は、急な病いだったから、元気なままで死んだということなのだから。
葬儀の時、久しぶりに兄弟に会った。
LINEや電話ではたまにやりとりをしていたけれど、みんな、それなりに忙しくて…いや、本音を言えば、会う必要性を感じなかったということか。
それぞれが家庭を持ち、家庭第一で暮らしていた。
父さんのことは気になりながらも、僅かな仕送りと電話をかけるだけで、息子としての役目を果たしているように思い込んでいた。
父が亡くなり、慌ただしく葬儀を済ませ、GWには兄弟だけでまた実家に戻った。
家の中の整理をするためだ。
兄たちは、父の衣類や趣味のもの等を躊躇うことなくゴミ袋に放り込んでいく。
確かに、父の服なんて着ないし、いまや洋服なんて形見にさえもならない。
だけど、僕はなぜかしら胸が傷んだ。
ゴミ袋が増えると同時に、部屋の中は広くなっていく。
その事がなんとも言えず、寂しい。
「うわ~、天袋の中もかなりあるぞ。」
脚立に乗った陽平兄さんが声を上げた。
「とりあえず、全部出そう。」
僕と健二兄さんが、下で荷物を受け取る。
袋に入ったものを一応確認していく。
「なんだ?これ。」
健二兄さんが布のようなものを引っ張り出した。
「あ……」
ほこりをかぶり、薄汚れたそれには見覚えがあった。
「鯉のぼりだ。これもいらないよな。」
「待って!」
僕は健二兄さんの手を止め、鯉のぼりを広げた。
「僕の鯉のぼりだ。」
「あぁ…特別に作ってもらったやつだよな。」
「親父、宏樹には甘かったからな。」
僕と兄さん達とはだいぶ年が離れている。
だから、僕は両親に甘やかされて育ったらしい。
この鯉のぼりも、オレンジ色のが欲しいと言って、わざわざ染めて作ってもらったものだった。
当時、オレンジ色の鯉のぼりなんてどこにもなくて、友達からも羨ましがられたものだ。
「もういらないだろ?」
「いや…一応、もらっとくよ。」
「マンションじゃ、鯉のぼりなんて立てられないだろ?
そうでなくても、こんな古いの…」
確かに、兄さんの言う通りだ。
マンションにはこんな大きな鯉のぼりは立てられない。
マンション用の小さなものじゃないと。
「ここなら立てられるよね…」
「え?」
「僕…ここで住むよ。だめかな?」
「え?何言ってるんだ、仕事はどうする?由香さんには言ったのか?」
妻は、以前、ここで父さんと暮らしても良いと言ってくれた。
でも、僕は都会で生活したかったから、そんな話、真に受けなかった。
「大丈夫だよ。僕、ここに引っ越してくるから、片付けはしなくていいよ。」
感傷的になってるだけかもしれない。
すぐに気は変わるかもしれないけれど…
僕は、どうしてもまた鯉のぼりに広い空を泳がせてあげたいって。
そう思ったんだ。
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