緑の過去

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緑の過去

(……母さん……) 私は、込み上がって来る涙をぐっと堪えた。 母さんが亡くなってもう七か月が過ぎた。 でも、まだそのことがどこか信じられない。 特に、この部屋には母さんが生きてた証があり過ぎて…母さんがもういないんだという現実が殊更に辛く感じられた。 父さんはもう何年も前に逝ってしまっていて、その後、ひとりで住んでいた母さんもいなくなったから、この家も処分することになった。 生まれ育った家がなくなるのは寂しいけれど、仕方のないことだ。 母さんの遺したものはガラクタばかりだけれど、こんなものもすべて処分しなければいけないんだと思ったら、ますます悲しい気分になった。 「……あら?」 箪笥の奥に、小さな箱をみつけた。 そっと開いてみると、緑色のしずく型をしたペンダントが入っていた。 (あ……これ……) 私の想いは過去へ飛んだ。 そう…あれは、私が小学2年か3年の頃…母さんはこのペンダントをよくしてた。 とても綺麗な緑色が印象的だったし、母は洒落っ気がなく、普段はアクセサリーもほとんど付けなかったのに、これだけは付けてたから。 「玲ちゃん…この服……あら?」 部屋に入って来た伯母が、私の手のペンダントに目を遣った。 「おばちゃん…このペンダント知ってるの?」 「……実は、それね…私があげたのよ。」 「え?そうなの?」 伯母は、ペンダントを手に取り、しみじみとそれをみつめた。 「美津子…こんなもの、まだ持ってたんだね。」 「母さん、アクセサリーは滅多に付けなかったのに、これはつけてたよね。 よっぽど気に入ってたのかな?」 「……これはアクセサリーじゃないんだよ。お守りなんだ。」 「え!?……どういうこと?」 伯母は苦笑いを浮かべ…そして、ぽつりぽつりと話し始めた。 「あんたがまだ小さい時、夫婦の危機があったんだ。」 「え?」 「武夫さんが浮気してね…」 「えっ!?」 伯母さんの言葉が頭の中をぐるぐる回る。 あの真面目で堅物だった父さんが浮気だなんて、信じられない。 「美津子もかなり悩んでてね。 小さい頃から弱みを見せなかったあの子が、私に泣いて相談して来たんだよ。 それでね…藁にもすがる想いであげたんだ。 その石には、夫婦の絆を強くする力があるって聞いたからね。」 (あぁ……それで……) そうだ…母さんはこのペンダントを付けていた時、いつもどこか寂しそうな顔をしてたっけ。 ふと、そんなことを思い出した。 「それから、どうなったの?」 「うん、一年程で武夫さんも目が覚めたのか、元の鞘におさまったんだよ。」 「へぇ…じゃあ、効果あったんだね。 おばちゃん…このペンダント、私がもらうね。」 私は、それを受け取った。 「そりゃ良いけど…まさか、あんたたち、うまくいってないのかい?」 「ううん、今は至って順調だよ。」 「そうかい。それなら良かった。」 そう…私達は今とてもうまくいっている。 まだ結婚して一年だから、当たり前かもしれないけど、彼は私の言うことはたいてい聞き入れてくれる。 そうだ…この際、わがままを言ってみようかな。 この家に住みたいって。 通勤は大変になるけれど、環境は良いし、今のマンションよりずっと広い。 この先、子供が出来るかもしれないし、こういう自然に囲まれたところで育てるのも悪くない。 (緑の石さん…どうか、彼が前向きに考えてくれますように。)
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