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そんなチサの暮らしを大きく変えたのは、一匹の竜だった。
竜は千年の時を生きるという。空を翔け、神通力を備え、神々の御使いとして人界と神界とを行き来する。ヒトとは比べ物にならぬほど、高貴な生き物である。
その竜が、当時チサが住んでいた町の外れの野に落ちてきたのである。あとから聞けば、違う神を主とする同族と闘い、そして敗れたのだという。
その闘いはヒトの住む地上からも見えた。分厚い雲の向こうで、二つの竜の影が絡み合い、ほどけ、その度に稲妻が閃き、風が唸った。
そしてひときわ凄まじい雷鳴が轟いたあと、天地を裂くような獣の悲鳴が聞こえ、かすかに地が揺れた。
(神様、神様……!)
チサは部屋の片隅にうずくまり、祈っていた。誰もがもうだめだ、と思った。
しかし、地が揺れたあとは、もうなにも起こらなかった。風雨さえも止まった。人々は外へ出た。
町外れの野に竜が落ちている、とチサが聞いたのは、それからほんの少し時間が経ってからのことだった。
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