元ナンパ君の純愛 ①

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元ナンパ君の純愛 ①

彼女と付き合い初めて1年半が経ち、俺は今日、無事に大学を卒業した。 大学生活中色々な事があったけど、一番の思い出は、彼女と出会えたことだ。 これは、間違いない。 それまでナンパした女と遊んでばかりだった俺が、初めてちゃんと好きになった女性。 今はもう、彼女がいない生活は考えられないと思うほど、俺の一部になっている。 「お前、この後の謝恩会出んの?」 ボーッとしていた俺に、大学生活で一番の友人が声をかけてくる。 「いや、どうしようか迷ってる。」 今日は彼女が夜勤明けだ。つまり、家にいる。 出来る事なら、とっとと帰ってイチャイチャしたい。 「お前が今何考えてるか、俺何となく分かるわ。どうせ、彼女に早く会いて―とか思ってんだろ。」 「よく分かったな。お前すげー。」 「…お前本当変わったよな。前はあんなに女に冷めてたのに。」 「ん?まあ、確かにな。」 前は、イチャイチャしたいとか思ったことないし。 ヤッてスッキリ出来ればそれで良かった。 「今のお前を、昔のお前が見たらどう思うんだろうな。」 その言葉に、俺は苦笑する。 きっと昔の俺は、信じないだろうな。今の俺の変化を。 それぐらい、彼女と出会って変わってしまったんだと、改めて思う。 「お前をそんだけ変えたあの人はすげーな。」 「…やっぱあの時見てたか。」 こいつが彼女を知っているのは、学祭の時に見たからだろう。 彼女はその日、こっそりと学祭に遊びに来ていたようで、俺が見つけたのは、男達にナンパされてる時だった。 俺は俺で、女に囲まれていて、断ってもしつこい奴らにいい加減苛ついていて…キレた。 「お前らみたいな女、相手にするわけねーだろ!しつこいんだよ!それからそこ!人の女に勝手に声かけてんじゃねーよ!触んな!!」 一瞬シーンとなったのも気にせずに、俺は彼女の元に行き、無言で連れ去った。その後は、ちょっとした騒ぎになったらしい。 こいつは、その時に彼女を見たんだろう。 ちなみにその後、彼女には怒られた。 まあ、恥ずかしくて怒ったって感じだったけど。 それ以降俺に告白する女がいなくなったのは、思わぬ効果だ。 「確かに可愛い人だったけど。お前、あの人のこと好きすぎだろ。」 「恋人を好きで何が悪いんだよ。」 「ケッ、リア充が。」 「お前も彼女作ればいいだろ。」 「やだね。俺はまだ遊んでたいんだよ。」 こいつにも、本気になれる相手が現れるといいな、と思った。 人の幸せを願えるのは、俺自身が幸せだからだろう。 結局謝恩会には、1時間だけ顔を出した。 遠巻きにチラチラと視線を感じるが、誰にも声をかけられることはない。 お世話になった教授に挨拶をして、友人達と少しだけ話をした後、俺はお姉さんの家に向かう。 会場を出る時、今から行くよ、ってメッセージを送っておいた。 だからなのか、貰った合い鍵で部屋に入ると、いい匂いに出迎えられた。 こういうの、すごく幸せだなって思う。 玄関の音で、彼女がパタパタと走ってくる。 「卒業おめでとう!」 「ありがと。」 ニッコリと笑ってくれる彼女を、ぎゅうっと抱きしめる。 なんだかもっとくっつきたくて、頬をすりすりとすると、くすぐったそうに彼女が身を竦めた。 「くすぐったいよ。」 クスクスと笑う彼女に、軽くキスをして離れる。 「すごくいい匂いがするんだけど。」 「ふふっ、今日はね、お祝いだからご馳走作ったんだよ。」 彼女と一緒に部屋に入ると、テーブルには、埋め尽くさんばかりの料理の数々。 「もしかして…ケーキも手作り?」 「そうだよ。久しぶりだったから、上手く出来たか分からないけど。」 彼女の顔を見ると、疲れているような、眠そうな… 夜勤明けによく見る表情をしている。 「…寝てないの?」 「少しは寝たよ?」 多分、殆ど寝てないんだろうな。 俺のためにしてくれたことが嬉しい。 と同時に、ちゃんと休んで欲しいとも思う。 「今日は、早めに寝よっか。」 「?何で?」 「お姉さんを休ませないと。」 「え、でも…」 「無理させたくない。明日からしばらく俺休みだから、一緒にいられる時間長いんだし。ね?」 「うん…ありがとう。でも、ちゃんとお祝いはさせて?」 「もちろん。お姉さんの作ってくれた料理、全部食べないとね。」 お姉さんと二人だけの、卒業祝い。 何よりも嬉しい時間だ。 「あ、そうだ。渡すの忘れる所だった。」 「?」 お姉さんはどこからか、綺麗に包装された包みを持ってきて俺に渡す。 「卒業祝いのプレゼントだよ。」 「…開けていい?」 「もちろん、どうぞ。」 ラッピングを解くと、そこには、俺もよく知っているブランドのネクタイが2本。 「何で2本?」 「同じのばっかりじゃ飽きるかなって思ったのと…出来るだけ多く、私の選んだネクタイを付けてくれると嬉しい、から。…呆れた?」 「何で?」 「だって、独占欲、みたいでしょ?」 「そんなの、嬉しいだけだよ。ありがとう。毎日交代で着けて行く。」 彼女がそういう気持ちを見せてくれるのは珍しい。 多分、不安なんだろう。 俺が社会人になって、新たな環境で新しい人間関係を作ることになるのが。 当然、新しく出会う人達がいるし、そこには女性も少なからずいるだろう。 以前、酔った時に少しだけ彼女が漏らした本音。 「君が就職して、沢山の女性と出会ったら、他の人の方が良いって、私の前からいなくなっちゃうんじゃないかって…心配になる。」 彼女はいつも、俺を誰かに取られるんじゃないかって不安をどこかに持っている。 それが、以前のバカ男のせいだってことが、面白くない。 俺の気持ちを信じてないわけじゃないんだと思う。 だけど、あっさりと他の女に乗り換えられた経験から来る漠然とした不安は、そう簡単には無くならないらしい。 俺はそんなことしない。するつもりもない。 お姉さんだけしか見えてない。 愛してるのはお姉さんだけ。 いくら言葉で伝えても、きっと彼女の不安は無くならない。 隣でスヤスヤと眠る彼女の顔を見つめる。 「安心してよ。俺のお姉さんへの気持ちは、生半可な物じゃない。お姉さんが嫌だって言っても離すつもりはないんだから。ちゃんと、行動で示すよ。お姉さんがこれ以上、不安にならないように。」 眠る彼女の額に口づけた後、柔らかい体をぎゅっと抱きしめて、俺も眠りに就いた。
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