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元ナンパ君の純愛 ②
卒業後の休みの間に、有給を取ってくれたお姉さんと初めて旅行に行った。
何日も連続でずっと一緒に居られるのは初めてで、浮かれていた気がする。
まあ、お姉さんも浮かれてたけど。
でも、その半分はきっと、俺と旅行に来たからではなく、旅行先が某テーマパークだったから。
パーク内ではしゃぐ彼女は、いつもの年上のお姉さんっぽさはなくて、可愛かった。
可愛かったけど、なんかちょっと悔しい。
そう思いながらも、俺の部屋にはちゃっかりその時の写真が飾ってあるけど。
楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、入社して早2週間。
正直俺は、社会人をなめていた気がする。
細かい所まで、覚えることがやたら多い。
電話の受け答えの仕方とか、今まで気にしたことなんか全くない。
社会人って、本気で大変だ。
でも、彼女の顔を見たら、頑張らないとって思う。
彼女の不安を、少しでも早く解消したい。
その為には、早く一人前になって、彼女を嫁にする。
俺だって、もたもたしている間に、彼女を奪われるなんて嫌だからな。
「そういえば、明日俺飲み会だから、夜行けないかも。」
明日の事を言い忘れていたことを思い出して、家に来ていた彼女に伝える。
「新人歓迎会?」
「そうそう。正直ちょっと面倒なんだけど。」
「飲み会も仕事の内だよ。頑張れ。」
金曜日の夜は、俺が土日休みな事もあって、彼女が夜勤で無ければ泊まりに行くことにしている。
でも明日は、一体何時に飲み会が終わるのか分からないから、行けない可能性が高い。
だから本音は、ちょっとじゃなくてかなり面倒。
「…寂しくないの?」
「え?」
「俺は会えないかもしれないと思うと、めっちゃ寂しいんだけど。お姉さんは違うの?」
「…そんなわけないでしょ。寂しいよ。」
「良かった。明日、行けそうなら連絡するから。」
「うん、分かった。でも、君の歓迎会なんだから、無理しなくていいからね。」
彼女の為なら、多少の無理は何てことない。
でも、無理しても喜ばないのが分かっているから、俺は素直に頷いておいた。
翌日の夜。
よくある居酒屋で開催された歓迎会を、俺は最悪な気分で過ごしていた。
その原因は隣の席の女だ。
一つ上の先輩社員で、社内でも俺に何かと話しかけてきていた。
ただその内容が、彼女いるの?とか、夜暇?とかが殆どだったから、仕事以外の要件は失礼にならない程度にスルーしていた。
なのに、全然俺の真意が伝わっていないらしい。
座る位置がめっちゃ近い。ちょっとずつ俺の方に寄ってきてんじゃねーよ。
しかも、チラチラと横目で見てきてるし。ウザい。
しかも、香水がめちゃくちゃ臭い。
どんだけ振ったらそんだけ臭くなるんだよ。
はあ…彼女の匂いが恋しい…
その時、その女の手が、俺の太ももの上に置かれそうになった。
寸での所で何とか避けたが。
もう我慢の限界。無理。ウザい。
「あの、ちょっとすいません。」
「なぁに?」
俺に避けられたことで不満そうだった顔が、一瞬で甘ったるい笑顔になる。
今の、絶対語尾にハートが付いてたぞ。
鳥肌が立ちそうだ。
「近すぎるんで、離れてもらっていいですか?香水の匂いが服について、彼女に変な誤解されたくないんで。」
「…え?」
あり得ない事を言われてるみたいな顔で、呆然と俺を見てるけど、俺が嬉しいとでも思ってたんだろうか。
確かに顔は可愛い類なんだろうけど。誘われるとでも思ってたんなら、勘違いも甚だしい。
触られそうになった時、気持ち悪さしかなかったし。
やっぱり俺は、彼女以外ではダメなんだと再認識した。
その後、トイレに行った時に主任から声をかけられた。
「君、凄いな。」
「何がですか?」
「彼女にあんな事言った男を、俺は初めて見たよ。」
さっきの女の事か。
その言い方から察するに、色んな社員にちょっかいをかけているんだろうな。
そんな俺の想像を肯定するように、主任はあの女について話し始めた。
「君みたいに見た目がいい男性社員はほとんど食われてるんだよ。既婚者だろうが、独身だろうが。見た目だけは可愛いだろ、彼女。だから皆、コロッとやられてしまう。」
「主任もそうなんですか?」
「冗談だろ。俺には大事な嫁がいるし、可愛い子供もいる。それに、ああいう女は嫌いなんだ。」
「…同感です。」
今の俺は、だが。
昔の俺なら、誘いを断ることはしなかっただろうからな。
「君は遊んでそうだと思ったのに、意外としっかりしていて驚いたよ。見た目で決めつけるのは、やっぱり良くないな。すまない。」
「いえ、よく言われるんで慣れてます。」
実際、彼女と出会うまでは遊んでたし。
トイレから戻った後は、主任とずっと話していた。
仕事の事もそうだけど、主にプライベートについて。
主任は相当な愛妻家なようで、奥さんや子供の写真を見せながら、嬉しそうに愛しそうに、馴れ初めなんかの惚気話を聞かされた。
それを聞きながら、俺は羨ましかった。
家に帰ったら、毎日無条件で大好きな人が居てくれる。
早く俺も、大好きな彼女とそうなりたい。
その思いが強くなった。
だけど、俺が羨ましそうに聞いていたからか、主任に釘を刺されてしまった。
「君はさっき彼女がいると言っていたが、もしも将来の事を考えているのなら、1年目だけは絶対に我慢しろよ。男はやっぱり仕事が大事だからな。出来れば2~3年と言いたいところだが、特に1年目は仕事に集中した方がいい。」
「…やっぱりそうですよね。」
「彼女の事が大切なら尚更な。」
「頑張ります。」
そう言うと、主任は肩を叩きながら笑ってくれた。
一次会が終了し、二次会の参加者が募られる。
新人はほぼ強制のようだった。
仕方ないか…、と思っていた俺に、主任が耳打ちしてくれる。
「彼女に会いに行くんだろ?うまい事言って誤魔化しといてやるから、行っていいぞ。」
「ありがとうございます…!」
主任が神様のように見えた。
それぐらい有難かった。
さっきの話で、彼女に会いたくて仕方なくなっていたから。
シレっと集団から離れた俺は、急いで彼女に電話をかけた。
「…もしもし?もう終わったの?」
「うん。今から行くから待っててくれる?」
「分かった。気を付けてきてね。」
電話を切った後、走って駅へと向かい、丁度来ていた電車に飛び乗った。
気持ちが逸っているせいか、いつもと変わらないはずの電車の速度が遅く感じてしまう。
彼女の家に辿り着いた頃には、俺は息切れしていた。
でも、そんなの気にならない。
合い鍵で急いで中に入り、音に気付いて出迎えようとしていた彼女を、そのままの勢いで抱きしめた。
「ちょ、どうしたの、いきなり。何かあった?」
「何もないよ。何もないけど…ただ、お姉さんの事が好きだなって思ったから、触れたくなっただけ。」
俺よりも低い彼女の頭に顔を埋める。
いつもの優しい彼女の匂いに、腕の中の体温に、背中に回った彼女の手の感触に、安心する。
もう何度も思ったけど、やっぱり俺は、彼女じゃないと無理だ。
この人以外、俺は愛せない。
「ね、明日、休みなんでしょ?」
「そうだけど…どうかしたの?」
「お姉さんも休みなら、沢山イチャイチャ出来るなって思っただけ。」
「…何言ってんの、もう。」
恥ずかしがる彼女の顔が良く見えるように、両手で頬を掴んで上を向かせる。
予想通り、その顔は真っ赤で、可愛い。
「ははっ、顔真っ赤。」
「…君のせいでしょ、もう。見ないでっ。」
「だーめ。」
コツンと額をくっつけると、彼女の顔の熱が俺にも伝わってきた。
「そういう顔見れるの、俺だけの特権でしょ?」
「…そういうのズルい。そんなこと言われたら、嫌って言えないじゃない。」
「ズルくても、好きでしょ?」
「そういうのも、ズルいよ。」
「言って?ちゃんと言葉で聞きたい。」
「…好きだよ。どんなにズルくても、好き。」
「ん…俺も、好き。好きで好きで仕方ない…」
軽く触れるだけのキスを一つ。
でも足りなくて、すぐにまた彼女の唇を奪う。
何度も何度も。
「ん…ふ…」
抑えられずに漏れた彼女の吐息。
それを聞いてから、ベッドに押し倒すまでに殆ど時間はかからずに、俺は彼女に深く深く溺れていった。
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