元ナンパ君の純愛 ⑤

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元ナンパ君の純愛 ⑤

あっという間に時間は過ぎ、いよいよ彼女の実家に行く日が明日に迫った。 「明日は、弟が駅まで迎えに来てくれるって。」 「そうなんだ。」 彼女の弟は俺の一個下らしく、今大学4回生。 就活真っ只中だそう。 なのにわざわざ迎えにくるとは… 姉の彼氏を見極めようということだろう。 「明日に備えて早めに寝ようか。」 「そうだね。」 電話越しに彼女にそう言ったものの、緊張でなかなか寝付けない。 俺はもう一度、明日着ていく服を確認したり、お土産を確認したりして、結局眠れたのは夜中だった。 彼女の実家までは、新幹線で1時間。 お昼は車内で食べるつもりだから、売店で駅弁を買っていく。 座席に座ると、思わず小さな溜め息が零れた。 「緊張してる?」 「そりゃあね。俺の見た目は誤解されやすいから、反対されないか心配。」 「大丈夫だよ。うちの両親も気に入るよ。」 「そうだといいけど。」 駅弁の味も分からないぐらいには緊張しているから、何か失敗するんじゃないかと不安でしょうがない。 あまりにも緊張しているのが分かったのか、彼女が手を握ってくれる。 大丈夫、というように笑顔で頷いてくれるから、少しだけ力を抜くことが出来た。 1時間なんてすぐに過ぎ去り、まずは彼女の弟との対面だ。 ここで悪印象を持たれるわけにはいかない。 「もう迎えに来てるみたい。う~ん…あっ!いたいた。」 彼女が笑顔で手を振る先にいたのは、ちょっと冷たそうな印象を受ける弟君。 彼女とはあまり似ていない。 「迎えに来てくれてありがとうね。」 「別に。」 彼女に紹介されて、挨拶をする俺をじっと眺める弟君。 その目は、明らかに品定めしているのが分かる。 「…モテそうっすね。」 今の、言外に、遊んでそうと言われているのがはっきりと分かったぞ。 これは、あまり良くないな。 俺が、否定しようとした時、傍に近寄ってきた男が、弟君に声をかけた。 「久しぶり。」 「お前っ…!よく俺と姉貴の前に顔出せんな。」 弟君の表情が、一気に変化した。 さっきまでは、俺に対しての不信感だけだったが、今は剣呑な雰囲気だ。 それだけじゃなく、隣にいる彼女が俺の腕にしがみ付いているのも気になる。 ちょっと震えてる。 さっき弟君は、俺と姉貴の前に、って言ってたから、彼女にも関係がある男か? 「大丈夫?どうかした?」 彼女にだけ聞こえる声で問いかけるけど、彼女は何も言葉が出てこないようだ。 一体誰なんだ、この男。 「まだあの時のこと気にしてるの?本当の事言っただけでしょ?お前の姉さんには魅力がない。俺の隣に立つにはふさわしくない。だから乗り換えただけじゃん。何をそんなに怒ることがあるの?」 「お前っ」 弟君がそいつに掴みかかろうとするのを、俺が止めた。 なるほど。今の言葉で分かった。 彼女が言っていたバカ男はこいつだ。 彼女に傷をつけた男。 こいつのせいで、今も彼女は俺との関係に不安を感じ続けている。 今すぐにこの男を殴ってやりたい気持ちだが、そんなのはおくびにも出さずに、俺はそいつの前に立った。 中身もちっさい男だが、体もちっさいその男を、俺は容赦なく上から見下ろした。 「何だよ。あんた誰?」 「俺は、彼女の恋人だよ。」 「へぇ。あんた、見る目無いね。もっといい女と付き合えそうなのに。俺が紹介してあげようか?」 その言葉に、俺を掴む彼女の腕に力が籠ったのが分かった。 安心させるように彼女に笑いかける。 「折角だけど、遠慮するよ。君は見る目が無いみたいだから。」 「はあ?!」 「彼女を魅力がないって言ってる時点で、女性を見る目がない良い証拠だよ。まあ、お陰で俺は助かったけど。彼女を俺のものに出来たから。」 「このっ…」 俺の言葉に、目の前の男が怒りを滲ませる。 ここで俺も怒りに任せたら、こいつと同じ所へ落ちてしまう。 お前と同じ土俵になんて降りない。 あくまでも、最後まで大人の余裕で、笑顔で言い負かしてやる。 「だから君にはお礼を言うよ。彼女を手離してくれてありがとう。君が彼女の魅力が分からない男で本当に良かった。感謝するよ。」 皮肉を込めたその言葉に、何も言い返せないのか、悔しそうに唇を噛んでいる。 「だから、とっとと俺達の前から消えてくれる?…二度と姿を見せんな。」 表情は笑顔のまま、声だけに威圧感を込めると、よく分からない悪態をつきながら去っていった。 本当に何もかもちっさい男だ。 ホッと息を吐いて、俯いている彼女の頭を撫でる。 本当は彼女に謝らせたい。 でもあの男は、心から謝ることはないだろう。 言わされただけの謝罪は、何の意味も持たない。 だったら、とっとと消えてもらう方がいい。 「…ありがとう。」 小さな小さな声で言われた言葉。 少しはこれで、彼女の不安が消えればいいけど。 弟君は、何か言いたそうにしながら、俺と彼女を見ているだけだった。 弟君の運転する車で彼女の実家へと到着した俺達は、彼女に良く似たお母さんに中へと案内される。 リビングには、弟君そっくりのお父さんが待ち受けていた。 彼女に紹介されて、挨拶をする。 お父さんの表情を見るに、弟君と同じような印象を持っているのだろう。 ちょっと渋い表情だ。 …覚悟していたとはいえ、キツイな。 俺そんなに遊んでそうか? 実際遊んでた時があるから仕方ないけどさ。 どうやってお父さんの印象を変えようか、と考えていると、意外なことに弟君が俺の味方をしてくれた。 弟君のフォローのお陰で、お父さんも少し俺に対する心証が変わったようだ。 団欒していると、彼女が席を外した時に、弟君が俺の傍に来た。 「あいつの事、姉貴から聞いてたんですか。」 「あのバカ男の事は、付き合い始める時に聞いたよ。」 「そうっすか。…さっきは、助かりました。あんな奴を殴らずに済んだんで。姉貴の事、本気で好きなんですね。」 本当に疑われてたことに、思わず苦笑する。 仕方がないけど。 「好きだよ。君のお姉さんの事。…一生一緒にいたいと思うぐらいには。」 「それって…じゃあ、俺に兄貴が出来るのも、そう遠くなさそうですね。」 「その時はよろしく。」 「その代わり、姉貴のこと泣かせたら、ただじゃおかないですから。」 「そんな事にはならないよ。」 俺がきっぱりと言うと、弟君はホッとした様な、嬉しそうな笑顔を見せてくれた。 無事に彼女の家族に同棲の許可をもらい、俺達は弟君の運転で駅まで送ってもらった。 「ありがとう、送ってくれて。帰りの運転気を付けてね。」 「はいはい。」 「また今度帰るって、母さん達に言っといて。」 「ん。言っとく。どうせまたすぐ帰ってくることになるんだろうしね。」 「?」 俺に意味ありげな視線を向ける弟君に、笑顔で頷いておいた。 彼女は隣で首を傾げているけど、この意味が分かるのも、きっとすぐのはず。 緊張の糸が切れた俺は、帰りの新幹線で爆睡しながら、幸せな未来を夢に見ていた。
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