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ナンパ君の純愛
「ねぇ、お姉さん、今から俺と遊びに行かない?」
今日、もう何度目かも分からない言葉を、目の前を通り過ぎようとする女性にかける。
「悪いけど他当たって~」
「え~行こうよ~」
言葉では引き留めようとするけど、実際は言うだけで追いかけはしない。
そんな縋るようなみっともない真似は、俺の流儀に反する。
(にしても、今日は全然ダメだな~。なんだ?厄日か?)
俺は、多分モテる方だ。
ヘアスタイルも服もそれなりに気を使ってるし、爽やか系でまとめてる。
実際、逆ナンされることもあるし、学校でも女の子によく告白される。
でも、特定の人は作らない。
彼女になった瞬間、束縛だのなんだのと煩わしいし、ちょっと他の女の子と話しただけで嫉妬したり浮気を疑う。
そんなの面倒だし、一晩楽しければそれでいい。
この時は本当にそう思っていた。
(あ~あ、どうするかな。今日はなんか調子悪いし、もう家に帰るか---ん?)
少し離れた所を歩いている女の人が、ふと視界に入った。
俺より何歳か年上だろうその女性は、普段は俺が声をかけないタイプだ。
明らかにナンパには引っかからない、なんていうか、スーツが似合う大人の男が隣に居そうなタイプ。
でも、何故だかその女性から視線が外せない。
(まあ、ダメで元々だし、今日はそういう日だし。一回声かけてみるか。)
何でそんな風に思ったのかは分からない。
でも、俺の足はその女性の方に向かっていた。
「ねぇ、お姉さん。今から俺と遊びに行かない?」
「え?」
振り返ったその人は、俺を見てキョトンとしていた。
多分、ナンパとかされたことないんだろうな。
「えっと、今日はこの後用事があるから。」
(まあ、やっぱそうだよな。)
俺が引き下がろうとすると、彼女が僅かに笑ったのが分かった。
「えっと…何で笑ってるの?」
「あ、ごめんなさい。あなたなら私なんかに声をかけなくても、モテそうなのにな、と思ったら、何か少し嬉しくて。私も捨てたもんじゃないのね~、なんて。ふふっ。」
(なんだ、それ…)
「また出会う事があって、私の事覚えてて声をかけてくれたら、その時はご飯ぐらいは付き合うわ。じゃあね。」
笑顔でそう言ったその人を、俺は姿が見えなくなるまで見つめていた。
あれから一週間。
俺は、毎日の様にあの場所に来ていた。
最初は、いつもの通り遊べる女の子を探すために来てたのに、自然とあの人を探してしまって、ナンパどころではなかった。
何でこんなにあの人が気になるのか、自分でもよく分からない。
(でも、あの日から、あの人が忘れられないんだよな…)
毎日毎日、あの日と同じ時間に同じ場所で、あの人を探す。
自分でも何必死になってんだ、と思うけど、どうしてもあのお姉さんにもう一度会いたい。
同じ場所に突っ立ってると目立つのか、逆ナンされることが多いことを知った。今までの俺ならきっと誘いに乗ってただろうな。
でも今は、逆ナンされても、嬉しくないどころかイライラして、かなり冷たくあしらってしまっていた。
女の子に声をかけられて冷たくするなんて、初めてだ。
(それにしても、全っ然会えねーじゃん!この前は、偶々ここを通ってただけとか…?)
もう二度と会えないのかも、と思うと、焦燥感に襲われて、思わず辺りをキョロキョロと見渡す。
こういう時、自分の身長が高くて良かったと思う。
ふと、駅前の辺りに目を向けた時、俺は一人の女性に目が留まった。
何となく、あの人に似てる気がする。
でも、後ろ姿だからハッキリしない。
近づいて確かめようと思って歩き始めると、その人がふいに振り返った。
(間違いない、あの人だ…!)
俺の足は、自然と駆け出していた。
その人を見失わないように走ってきたはずなのに、駅前には、すでにあの人の姿はなかった。
(嘘だろ、どこ行った?)
この距離でそんなに遠くに離れているわけはない。
駅の改札の方に目を向けると、まさに改札を通ろうと歩いていた。
「ちょっと待って!」
急いで走り寄って、お姉さんの腕を掴むと、驚いたように振り返った。
「え、あれ…?あなた確か…」
覚えていてくれたことに、驚いたと同時に嬉さが込み上げる。
「俺の事覚えててくれたんだ。嬉しいな。」
「あなたこそ、よく私の事覚えてたね?すぐ忘れられると思ってたのに。」
意外そうに目を見開いた彼女に、ちょっとムッとする。
(俺がこの一週間、どんな思いで探してたと…!)
「覚えてたよ。お姉さんに会いたくて、毎日この辺探してたんだ。」
そう言うと、彼女は本気にしなかったのか、クスクスと笑っている。
「はいはい。じゃあ、探してくれてありがとう、ってお礼を言っておこうかな。」
全然信じてないその言葉に、少しイライラするけど、そんなの彼女に見せるわけにはいかない。
「お姉さん、もちろん約束覚えてるよね?」
「約束?」
「次に会った時に、お姉さんの事覚えてて声をかけたら、ご飯に付き合ってくれるって言ったでしょ?」
「…ああ!言ったわね。」
「だから、晩御飯一緒に食べよ!」
「私でいいの?」
「お姉さんがいいんだよ。それとも約束破るの?」
「私、約束破る人間って嫌いなのよね…」
「なら、一緒に行くしかないよね?」
何がそんなに楽しいのか、クスクスと笑い続けている。
「ねえ、何でそんなに笑ってるの?」
「ご、ごめんね。でも、何だかあなたが必死なのが、ちょっと可愛くて…」
「か、可愛い!?俺が!?」
可愛いなんて、女の人に言われたのは初めてだ。
何だか年下扱いされているようで、ちょっとムッとした顔になるのは仕方が無いと思う。
「あ、怒った?」
「……お姉さんが、美味しいご飯を一緒に食べてくれたら機嫌直ると思うけど。」
ムスッとしたまま、ダメ押し気味にそう言うと、彼女は何故かますます笑みを強くして頷いてくれた。
「ところで、あなた何歳?お酒飲める年齢…よね?」
「21だよ。だから、お酒もちゃんと飲める。」
「4つ下か~。21歳ってことは、大学生?」
「そう、3回生。」
(4つ上ってことは、お姉さんは25歳か。完全に社会人だな。)
「お姉さんは、どんな仕事してるの?」
「私?私はね、看護師してるの。」
「へ~、すごいね!看護師さんとか、大変でしょ?」
「そりゃ、人の命を預かる仕事だからね。でも、元気になって帰っていくのを見ると、そんなのも忘れるんだよね。」
活き活きと語る彼女から、俺は目が離せずにいた。
しばらく話ながら歩いて、彼女がよく行くという居酒屋へ入る。
「ここね、安いのにすごく美味しいんだよ。」
「そうなんだ。何かおススメある?」
「そうだな…これと、これと…あとこれかな。何か気になる物があったら好きに頼んでね。」
おススメの料理は全部美味しくて、いっぱい話して、いっぱい食べて、いっぱい飲んだ。
彼女についても、色々と分かった。
住んでいる所は、俺と同じ沿線で、駅2つ分の距離。
一人暮らしで、実家は地方。現在彼氏なし。
なかなかの収穫だ。
楽しい時間はあっという間に過ぎて、もういい時間だった。
今までなら、これからホテルで楽しむぞ、って所だけど、彼女にはそんなことしたくなかった。
軽い関係にはなりたくない。
そんな奴だと思われたくない。
(俺は…この人が好きだから。この人との関係は大事にしたい。)
一緒に過ごしてみて、分かった気持ち。
何であんなに必死にこの人を探していたのか。
何であんなに会いたかったのか。
きっと、あの時の彼女の言葉と笑顔に、俺の心は奪われたんだろう。
人を好きになるのに、深い理由や時間は必要ないんだと、初めて知った。
女の子と一緒にご飯を食べて、こんなに楽しいと思ったのは彼女が初めてで、今とても離れがたい。
それが、俺の気持ちを全て表わしているようで。
こんな風に思うのも、初めてだった。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか。」
「うん。」
同じ沿線な事もあって、降りる駅までは一緒に居られる。
でも、少しでも長く一緒に居たくて、すごくゆっくりと歩いてしまう。
何を話したらいいのかも分からなくなって、二人無言で駅までの道を歩いた。
もうすぐ駅に着くっていう所で、漸く俺は口を開く。
「あの、さ…また会いたいって言ったら、迷惑?」
「へ?そんなことは…ないけど。」
「本当?じゃあさ、連絡先教えてよ。」
「…うん。」
お互いにスマホを取り出して、連絡先を交換する。
ナンパで知り合った女の人に、連絡先を教えるのは初めてだった。
聞かれたことは何度もあるけど、柵を作りたくない俺は、今までそれを断っていたから。
「ありがと。毎日連絡する。」
「ふふっ、毎日?」
「そ、毎日。んで、お姉さんが時間がある時に、またこうやってご飯に付き合って。」
(今はまだ、それだけでいいから。二人で一緒にいる時間を増やして、少しでも俺の事を好きになってもらえるように頑張るから。)
頷いてくれた彼女と二人、同じ電車に乗って自宅へと帰った。
その日は、いつもよりもとても満ちたりた気持ちで眠れた。
**********
あれから、ちょこちょこと会うようになった。
仕事柄、平日にも休みがある彼女とは夜に会うことが多かったけど、ご飯を食べて帰るだけ。
何度か会う内に、俺に家まで送らせてくれるようにもなった。
自宅を教えてもいいぐらいには信頼されたらしい。でも、家には一度も入ったことはないし、入りたいと言ったこともない。
たまに週末に休みがある時は、一緒に映画に行ったり、デートらしいこともした。
俺は、会うたびに、甘い言葉をかけている。
「今日も可愛いね」「俺はお姉さんの事好きだよ」「早くお姉さんも俺の事好きにならないかな~」
でも、その言葉のどれも、本気にしてはもらえない。
軽い調子で言っているのもあるけど、どんなに真剣に言ってても、笑ってあしらわれる。
(やっぱ出会い方が原因か?ナンパだもんな…それとも年下だから?…俺は本気なんだけど。)
どうすれば本気だと分かってもらえるのか悩んでいたある日。
用事があって、久しぶりに彼女と出会った場所に来ていた。
最近は、お互いの家の中間ぐらいで食事することが多かったこともあって、滅多に来ることは無い。
今日、彼女は仕事が休みらしい。
でも、夜は予定があるから、と断られたのはつい先日の事だ。
(なんかちょっと寂しい、なんて、俺が思う時が来るとは…今なら元カノがあんなに束縛してきてたのも、分かる気がする。今の俺の立場では出来ないから我慢してるだけで、本音は俺を優先してほしいなんて、昔の俺が知ったら鼻で笑われるな、きっと。)
そんなことを考えながら、目当ての物を調達して、帰ろうと駅のホームで電車を待っていると、反対側のホームに降りた人物に目が奪われた。
(あれ?お姉さんだ。ここで何し、て…)
思い人を見つけた嬉しさから、一気に地獄に落とされた気分になった。
彼女の隣に、知らない男が一人、一緒に降りてきたから。
楽しそうに話しながら、二人は改札口へと向かっていく。
(誰だよ、あいつ…今日の予定ってもしかして…あいつとのデート、か…?)
そこまで考えた時、俺の心臓がギュっと掴まれたように苦しくて、俺は思わず服を掴んだ。
何度か深呼吸をして、気持ちを落ち着ける。
彼女には、彼氏は居ないはずだ。
これは間違いない。
休みの日は、俺と会ってることも多いし、もし彼氏が出来たのなら、彼女の性格上俺と会う事は無くなるはず。
(じゃあ、尚更あいつなんなんだよ…あんな楽しそうに笑って、同じ電車から降りてきて…)
彼女と同じか、少し年上に見えたその男が、優しく笑っていたのを思い出す。
あの男も、あの人の事を好きなんだろうか…
俺よりも、あの男の方が釣り合っているように思えて、さっきよりも強く胸が軋んだ。
呆然としていて、どうやって電車に乗って、どうやって降りたのかも分からないまま、俺はある場所に立っていた。
そこに着いてしばらくしてから、雨が降り始めたけど、それも気にならなかった。
もうすぐ冬が迫る時期の冷たい雨の中、ただ只管に待っていた。
どのくらい経ったのか分からない頃。
コツコツとヒールの音が近づいてくるのが分かった。
思わずその方向に視線を向けると、俺を見つけたのか足音が止まった。
「え…!?何でそんなびしょびしょなの?!いつからここに居たの!」
驚いたように言いながら、駆け足で俺の所に来て、傘の中に俺を入れてくれる。
そんな彼女の肩を、俺は思いっきり掴んだ。
「ちょ、痛いよ…どうしたの?何でうちのマンションの前で…何かあった?」
「…あいつ誰だよ」
「あいつ…?」
「…何でだよ。俺の言葉は本気に取ってくれないクセに…!他の男に笑いかけんなよ!」
「…ねえ、ちょっと落ち着こう?---!!」
彼女が俺の顔を覗き込んだ時、何かに気付いたようにハッとした表情になった。
「…ねえ、何でこんなに冷え切ってるのに、顔赤いの?もしかして…」
彼女の手が俺のおでこに触れる。
それと同時に、俺の体の中が燃えるように熱くなってくる。
興奮しているからだと思っていた呼吸の荒さも、別に理由があるような気がしてきた。
「やっぱり、熱があるじゃない!何でこんなになるまで…とにかく、家に入ろう?お風呂に入って着替えて温かくしなきゃ!」
半ば引きずられるように、俺は家へと入れられる。
「ここがお風呂だから、その濡れた服を全部脱いで洗濯機の中に入れて。本当は湯舟に浸かってほしい所だけど、とりあえず温かいシャワーで体を温める事!分かった?」
「…うん。」
「お風呂に入ってる間に、近くのコンビニに行ってくるから。服は…ギリこの時間ならまだあそこが開いてるかな…。とにかく、何とかするから、お風呂から上がったら、ここに置いてある毛布に包まってて!」
そう言うが早いか、彼女は鞄を持ち直して、家を飛び出していった。
残された俺は、言われた通りに熱めのシャワーを浴びる。
よほど体が冷えていたのか、お湯が当たると痛かった。
体の表面は温もったのに、体の中は妙にゾクゾクしてて、ああ、熱があるんだな、とぼんやりした頭で理解した。
用意されていたバスタオルで体を拭き、頭を乾かして、全裸の俺は言いつけ通り毛布に包まる。
毛布は気持ち良いけど、体のゾクゾクする感じは止まらない。
しんどいはずなのに、彼女の部屋にいるという妙な興奮で落ち着かない俺は、部屋を見渡す。
一般的な1Kの間取りの部屋は、何というか、彼女らしい部屋。
シンプルで、大人っぽい。
でも、所々に可愛い小物が置いてあって、女性の部屋である事が分かる。
(ん…?あれ、この前行ったゲーセンで取ったぬいぐるみ…?ちゃんと飾ってくれてるんだな。)
ベッドサイドの棚に、仲良く並ぶ某有名テーマパークのキャラ。
ブライダル衣装に包まれたそれが、カップルで飾られていた。
欲しそうにしてたから、一生懸命取ったのを思い出して、思わず笑ってしまう。
あんなに真剣にUFOキャッチャーしたのは、初めてだった様な気がする。
(あの時は、お姉さんとこんな風になれたらいいなって気持ちで、バカみたいに必死だったんだよな。)
あの時の気持ちを思い出して、今日の事も思い出して。
また、胸がギュっと掴まれたように苦しくなった。
その苦しさから逃れるように、毛布に包まったままソファーに寝転んだら、玄関の鍵が開く音がした。
廊下につながるドアを見つめていると、パタパタと駆け足で彼女が入ってくる。
「良かった。ちゃんと言う通りにしてくれてて。とりあえず、服と下着買ってきたから、これ着て。」
そう言って渡された袋は、某有名ファッションチェーン店のもの。
思わず時計を見ると、22時過ぎ。
恐らく閉店ギリギリに間に合ったって所だろうか。
無言で受け取った俺のおでこに、彼女の手が触れる。
「冷たい…」
「あ、ごめんね。熱どれくらいかと思って。」
サッと引かれた腕を、思わず掴む。
「違う。そうじゃなくて…俺のせいで迷惑かけて、ごめん。」
一瞬驚いた様な顔をした彼女は、すぐに優しい笑顔を見せてくれた。
「いいよ。迷惑だなんて思ってないから。私がしたくてしてるんだし。とりあえず、早く着替えなきゃ。私はその間にうどんでも作ってくるよ。食べれる?」
「うん。」
「食べて薬飲んで寝たら、きっと早く良くなるよ。」
そう言うと彼女は、キッチンへと消えていった。
俺は、買ってきてくれた下着と服をノロノロと着る。
1セットで良かったのに、何故か3セットも買ってきてあった。
着替え終わって、再び毛布に包まってソファーで横になる。
キッチンからは、料理をしている音が聞こえている。
それが何だか、妙に嬉しかった。
(お姉さんと一緒に暮らせたら、幸せなんだろうな…)
そう思いながら、俺の瞼は、気怠さに逆らえないように閉じていった。
**********
「ん…」
「あ、ごめんね。起こしちゃった?熱どれくらいか気になっちゃって、体温計挿もうと思ったんだけど。」
「あ…うん…」
まだ半分眠ってるみたいな俺は、それでも何をしようとしてるのかが分かって、腋を開ける。
「ありがとう。ご飯食べられそう?うどん出来たけど。」
「ん…食べる。ありがと…」
ピピッピピッと電子音が鳴って、それを見た彼女の顔が少し歪む。
「思ったより高いね…やっぱりあんなにびしょ濡れだったからかな…いつから待ってたの?」
もそもそと起き上がった俺を、支えるように隣に座った彼女が、俺を覗き込む。
「……」
答えない俺を見て、彼女が立ち上った。
何だか見放されたような気持になって見上げると、優しく微笑んでくれていた。
「とにかく、ご飯食べて薬飲まなきゃね。話を聞くのは、後にするよ。」
すぐに、土鍋に入ったうどんが、トレーに乗せて運ばれてきた。
「熱いから、火傷しないように気を付けてね。」
「…頂きます。」
人参と蒲鉾とネギと卵が入った煮込みうどん。
初めて、母親以外の女性に作ってもらった料理。
俺が寝ていたせいか、少し伸び気味だけど、すごく美味しい。
「どうかな?味、大丈夫?」
「美味しいよ。」
「そっか。良かった。」
夕食を食べていなかった俺は、熱があるにも関わらず、完食出来た。
「それだけ食べれるなら、すぐ良くなるね。」
嬉しそうに言う彼女は、すぐに薬を渡してくる。
「…どうしても飲まなきゃダメ?」
「これだけ熱があるんだし、飲んだ方がいいよ?」
「…飲んだら、何かご褒美くれる?」
「ご褒美?」
「…お姉さんにキスしてほしいな。おでこにちゅっでもいいから。」
そう言って、様子を窺うように見ると、顔を真っ赤にして狼狽えていた。
「ば、バカな事言わないのっ。そ、そういうのは、好きな人にしてもらいなさい!まったくもう。」
その反応を見て、俺は少しだけ嬉しくなった。
本当に俺の事を何とも思ってなければ、きっと今のも笑ってあしらわれていたはずだ。
少しだけ気持ちが浮上した俺は、薬を勢いよく飲んだ。
この後、どっちがベッドで寝る、ということでひとしきり揉めた後、結局は病人をソファーで寝かせられない、という彼女の気持ちをありがたく頂戴して、俺がベッドで寝ることになった。
「ごめん、お姉さんをソファーで寝かせることになって。」
「いいの。こんなに熱がある人をソファーで寝かせるなんて、そんなこと出来ないもの。」
「ありがと。…ふぁ~…」
「眠たいんでしょ?私の事は気にしなくていいから、ゆっくり寝て。」
「ん…あり、がと。おやす、み…」
瞼の重みに耐えきれず、ゆっくりと意識が微睡んでいく。
「…ごめんね…でも、君にも同じこと言われたら、私きっと立ち直れないから…」
彼女の悲し気な声が聞こえた後、頬に柔らかい感触が触れたような気がしたけど、それを確かめる事なく、俺は眠りに落ちていった。
***********
「ん…あれ…俺…」
目が覚めて、見慣れない天井が見えるのは、彼女と出会う前はよくあったことだ。
でも、今は絶対にないと誓える。
なのに、現実に見慣れない天井を見つめながら、しばらく考える。
(ああ。そうか…俺、昨日…)
昨日の夜の事を思い出して、自分の体が少し気怠いのにも納得がいった。
気怠さはあるものの、昨日のような妙なゾクゾクも熱さもない。
きっと熱は下がっているだろう。
「ん~、それにしてもよく寝た。」
ベッドの上で伸びていると、ソファーから身じろぎする音が聞こえた。
「ん…あ、起きたの…?体調、どう?」
ソファーの背もたれから少し顔を覗かせて聞いてくる彼女が、妙に色っぽい。
スッピンで寝起きな彼女は当然初めて見るけど、なんなのその危うい可愛さは。
「ん、もう大丈夫みたい。迷惑かけてごめんね。」
「本当?あ、熱計ってみて。」
俺の言葉だけでは信じられないのか、体温計を持ってベッドに近づいてくる。
肌触りのよさそうなモコモコのパーカーにロングワンピースで寝ていたようだ。
スッピンで寝起きで、普段は見られないカジュアルな部屋着の彼女に、俺は動揺しまくり。
(いやいや、逆に熱上がるんだけど!)
今まで女の子の裸にも照れたことはないのに、何故こんなに恥ずかしいのか自分でも分からない。
結局、惚れた相手なら、どんな姿でもこうなってしまうのかもしれない。
「顔赤いよ?やっぱりまだ熱あるんじゃ…」
そう言って体温計を見ても、どうやら熱は無かったらしく、不思議そうに俺を見て首を傾ける。
「何でそんなに顔赤いの?」
「いや、えっと、これは…と、ところでお姉さん、今日は仕事は?」
「ん?ああ。今日も仕事休みだよ。ちなみに明日もお休みなの。へへっ、3連休なんだ~。」
スッピンでニヘ~と笑う彼女は、年齢より幼く見えて、殊更可愛い。
「そうなんだ。あれ、でもそれ、俺聞いてない…」
「ああ、うん。君にも用事があるかなって思って。」
俺には、彼女より優先すべき用事なんてないのに。
「いつも、私に合わせてもらってるし、会う機会も多いでしょう?良いのかなって、ずっと思ってたんだ。」
「何、それ…お姉さんは、俺と会うのが嫌って事…?」
「違うよ!そうじゃなくて。…君には君に合った相手が居るでしょう?そういう子と過ごさなくて良いのかなって。」
「…何だよ、それ。俺に合う相手…?そんなの知るかよ!じゃあ何、お姉さんは昨日の奴と付き合うの?」
「え?昨日の奴…?」
「昨日の夕方、一緒に電車から降りてきた男だよ。お姉さんと同い年ぐらいで、釣り合ってたもんね?何でそいつなの?俺と何が違うんだよ…俺はお姉さんが好きなのに!」
勢い余って告白した俺を、しばらく呆然と見つめた後、彼女は泣きそうな顔になった。
「…昨日の人は、そういうんじゃ、ないよ。職場の研修医の先生で、偶々電車が一緒になっただけ。昨日は、職場の飲み会だったから…一緒に行こうってなっただけで。それに、あの先生、婚約者いるもの。」
「え…本当に…?」
コクン、と頷いた彼女は、俯いたまま顔を上げない。
「…私、最低だね…」
「え…?」
「…本当は、君の気持ち、何となく分かってたの。自惚れかもしれないって思ってたけど、時々見せる顔が、私に好意を持ってくれてる気がしてた。でも、気付かないふりをしたの。」
「何で?」
「…前にね、君と同じタイプの年下の子と付き合ってた時、言われたことがあるの。魅力がないって。だから一人でいても、他の男から声もかからないんだって。別に私の事が好きなんじゃなくて、ただのお飾り…周りに羨ましがらせて、自分が優越感に浸りたかったみたい。でも、私じゃ彼の思うような反応にはならなかった…当たり前だよね。私美人でも可愛いわけでもないんだから。それであっさりと、誰もが羨んでくれそうな、同い年の凄く可愛い女の子に乗り換えられちゃって、捨てられちゃった。」
その時の事を思い出してるのか、泣きそうな顔で笑おうとしている彼女に、俺は居た堪れなかった。
「だから、君に最初に声をかけられた時、少し嬉しかったの。こんな私でも、声をかけてくれる人がいるんだなって、ちょっと勇気をもらった。まさか、こんな風に会うことが多くなるとは思わなかったけどね。」
まさか、俺のナンパで、彼女がそんな風に思っていたなんて考えてもみなかった。
『私も捨てた物じゃないのね~…』
そう言って笑っていた彼女の言葉は、そういう意味だったのか。
きっとそのバカ男の言葉に、ひどく傷付いていたんだろう彼女が、俺のバカな行動で癒されていたなんて。
俺の、ナンパを繰り返して遊んでいたあの日々も、許されるのだろうか。
「でもね、あまりにも君と過ごす時間が増えて、私は怖くなったの。」
「怖い?」
「…一緒に過ごす内に、私も君に惹かれてたから。」
衝撃だった。
彼女も俺に好意を持ってくれていた…?
でも、そんな素振り見た事ない。
「惹かれれば惹かれる程、怖くなった。また、同じ事になったら、って。君はイケメンだし、モテそうだし、私なんかより、もっとずっと可愛い女の子が似合うに決まってる。今は私に好意を持ってくれていても、いざ付き合って、思ってたのと違うって彼みたいな事言われたら、他の子に乗り換えられたら…きっと私、もう二度と立ち直れない。だから…」
「そんな事絶対ない!!」
「ひゃあっ」
俺は堪らなくなって、彼女を思い切り抱きしめた。
「言ったじゃん!俺は、出会ったあの日から、お姉さんの事探してたって。同じ時間に同じ場所で一週間だよ?そんなの、並大抵の気持ちで出来ると思う?昨日だって、二人が電車から降りてくるのを見て、俺がどれだけ苦しかったと思う?あんな雨に打たれながらお姉さんが帰ってくるの待って、みっともなく縋って…俺が一番かっこ悪いと思ってた事なのに、それでもそうせずにはいられないぐらい好きなんだよ。だから、信じてよ。」
「本当に…?」
「信じて。俺は、絶対にお姉さんのこと離さないし、裏切らない。むしろお姉さんは、覚悟した方がいいと思うよ?」
「覚悟?」
「俺、自分でも知らなかったんだけど、本気で好きになった相手は束縛するし、滅茶苦茶嫉妬深いみたいだから。」
「知らなかったの?」
「そうだよ。だって今まで、本気で好きになった人いないから。お姉さん以外は。」
信じているのかいないのか、目の前の彼女は嬉しそうに笑うだけ。
でも、その顔が見られて、俺の心が満たされた。
「ねえ、本当の気持ち教えて?俺はお姉さんが好き。何よりも大事にしたいと思ってる。ずっと傍に居てほしい。」
「私も…好きだよ。お願いだから、他の人を見ないでって、ずっと言いたかった…」
耐えきれなくなったのか、彼女の両目から涙が零れ落ちる。
それを、唇で吸い取ってあげると、身を捩って逃げようとする。
「ダメ、動かないで。」
「だって…」
「だってじゃないでしょ?ね、俺のこと見て。」
少し俯いていた彼女の顔が上がり、視線が交わった瞬間、彼女の唇を奪う。
「んっ…!」
「こら、逃げないで。」
「だっていきなり…!」
「しょうがないじゃん。やっと両想いになれたんだから。もう止められません。」
「ちょっと待って…んぅっ…」
逃げ腰になっている彼女を、しっかりと抱き締めて、ベッドへ押し倒す。
それでも逃げようとする彼女の口内に、一気に侵入した。
「ふっ…んっ…ふぁっ…」
「はっ…ね、もっと舌出して…」
「んぁ…はふっ…」
舌と舌が絡み合う気持ち良さに、夢中になって彼女を求める。
飲み下せなくなった唾液が、彼女の口角から流れ落ちたのをきっかけに、それを追いかけるように首筋に舌を這わせる。
「あっ…やぁっ…だめ、待って…!」
「無理。待てない。お姉さんが欲しい。早く俺のものだって刻み込みたい。」
「んぁっ!」
着ているパーカーを脱がせて、ワンピースの裾を捲りあげていく。
彼女の足を同時に撫で上げると、ビクビクと体が震えて、俺に感じている事を教えてくれる。
ゆっくりと撫で上げながら胸の上まで上げると、そこはノーブラだった。
「家ではノーブラ派なの?」
胸を揉みながら彼女の顔を見ると、真っ赤な顔で首をイヤイヤと振っている。
「ああっ…だって、んっ…こんなことになると思ってなかったからぁっ…」
「これからも、俺と家に居る時はずっとノーブラでいるって約束して。」
「へ…?んぁっ。」
「ね、約束して?」
胸を揉みながら、既に硬く勃ち上がっている中心に時々触れると、彼女はビクビクと体を震わせる。
「約束してくれないの…?」
「やぁっ…おねが…意地悪しないで…」
「約束してくれたら…ここ、ちゃんと可愛がってあげるよ?」
「ぁあっ!んっ…や、約束、する…するから…あっ!ああっ!」
「絶対約束破っちゃダメだからね。」
コクコクと頷く彼女を見てから、掠める程度の愛撫だった中心部を、パクッと咥え込む。
「はああ!」
「ココ、弱いんだね。可愛い…」
ちゅぱちゅぱと吸い上げて、時々甘噛みすると、ビクビクと跳ねる。
(本当、可愛いな。もっともっと気持ち良くしてあげたい。)
胸の先端への愛撫はそのままにして、空いている右手を内腿の間に滑らせると、足がキュッと締められる。
「こら、力抜いて。気持ちよくしてあげられないでしょ。」
「だって…んんっ!」
何かを恥ずかしがってる様子の彼女にピンと来る。
胸への愛撫を中止して、耳元に近づいた。
「何をそんなに恥ずかしがってるの…?どうせいっぱい弄られるし、見られるんだよ…?」
吐息混じりに囁くと、足の力が緩んだ。
その隙に、右手を捩じ込み、下着の上から擦ると予想通りだった。
「ああ。なるほど、こんなに濡れてるから、恥ずかしかったんだ?」
「やぁっ!」
耳元で囁かれる自分の痴態に、更に蜜が溢れだしたのが分かった。
「耳も弱いんだね…こんなに濡らしてくれて、俺は嬉しいよ?いっぱい気持ちよくしてあげる。俺から離れられなくなるぐらい。」
下着の中に手を潜り込ませて蜜を掬うと、一番敏感な突起を探し当てる。
そこは、もうプクッと硬く膨らんでいた。
「ここ、もうこんなに硬くなってる…いっぱい擦ってあげるから。イク時はそう言わないと、やめないからね?」
左手で胸を、右手で下の突起を弄りながら、耳に囁きかけると、彼女の体が大きく震え始めたのが分かった。
「ああ!やっ、だめ!そんなにしたら…!あああ…ああああああ!」
体が大きく跳ねて、イッたのだろう事が分かった。
「イク時は言わないとやめないって言ったでしょ?ほら、まだだよ。」
「やめっ…もう無理!もう無理!やああ!」
気持ち良すぎて暴れ始めた彼女の腰を押さえつけて、突起から離れてダラダラと蜜を溢し続ける場所へと指を挿入する。
「あああ!だめっ…だめぇ!」
イッたばかりだからか、そこはギュウギュウと俺の指を締め付ける。
「すごい…俺の指を滅茶苦茶締め付けてるよ。」
「んぁ…ああっ。あっあっ」
彼女は久しぶりなのか、締め付けが収まってもそこは狭いまま。
指を2本に増やすと、そこはギチギチだった。
それでも、スムーズに動かせるようになると、一際声が大きく甘くなる部分を見つけて、そこを執拗に刺激する。
「ああ!もっ…やだ!そこだめ…だめなの!あああ!だめぇ!イクっ…イッちゃうから!やあああ!」
再び指を締め付けられ、彼女が昇りつめた事を教えてくれる。
「ちゃんと言えたね…イク時の顔、滅茶苦茶可愛い…」
蕩けきった表情で、荒い呼吸をする彼女に、再び深いキスをする。
その間に、俺のズボンと下着を下ろして、もうガチガチになっているモノを開放した。
「ね、いい…?もう入りたい。」
彼女の蜜を纏わせながら、先端で敏感な突起を弄ると、トロンとした顔で俺を見上げて頷いてくれる。
それを見て、グッと力を入れて、彼女の中にゆっくりと挿入する。
「んぁっ…あっ…」
温かくて包み込むような彼女の中に、我慢できずに一気に奥まで突き入れる。
「あああ!」
「はぁっ…なにこれ…やばいよ…気持ち良すぎでしょ。」
ナンパなんてしていたぐらいだ。
色んな女の子と経験があるし、そのどれも、それなりに気持ち良かった。
でも、比べ物にならない。
気持ちがあるだけで、こうも感じるものなんだろうか。
「ちょっと、無理…止まらない。」
「え…あ!んぁ…あああ!そ、な…激しく…あああ!」
最初から奥を激しく突かれて、彼女はイヤイヤと首を振っている。
それでも、止められなかった。
「ごめっ…でも、中が締まってるってことは、イキそうなんでしょ?俺も長くは持たない…から、一緒にイこ?」
「ああ!そこっ…そこはっ…やああ!」
「ここ?ここがいいの?じゃあ、いっぱい突いてあげる…!んっ…」
「あああ!あっあっ…もっ…だめぇ!」
「はっ…んっ…好き。大好きだよ。俺が幸せにするから…ずっと、一緒に居てっ。くっ…出るっ」
「ああああああああ!」
彼女がイッたと同時に、引き抜き、彼女の太ももの上に白濁を飛ばした。
ティッシュで拭き取った後、横に並んで寝転がる。
「は~、やばかった。気持ち良すぎて死ぬかと思った…」
「…私も、死ぬかと…」
「でも、気持ち良かったでしょ?いっぱいイってくれたし。」
「バカッ。」
顔を真っ赤にして、背を向けてしまった彼女を、後ろからぎゅっと抱きしめる。
「俺が言ったこと、全部本気だからね。」
「え…?」
「家に居る時はノーブラでいる事。」
「あ、ああ。え、でも…恥ずかしい。」
「約束破る人は嫌いなんでしょ?」
「うっ…分かったよ。」
「あと、俺が幸せにするからっていうのも。」
「あ…」
「絶対幸せにする。俺がどれだけお姉さんのことが好きなのか、証明するから。だから…俺が大学を卒業して、社会人として一人前になったら----結婚して。」
「え…でも…」
「俺は、お姉さんしか考えられない。今、エッチして改めてそれを認識したんだよね。こんなん知ったら、他の女としようなんて思えない。きっともうお姉さん以外に勃たない。」
「ちょ、何言って…」
「冗談だと思う?今はそう思ってても良いけど、きっとすぐに分かると思うよ。」
それぐらい、彼女とのエッチは気持ち良かった。
何て言うか、心が満たされた、みたいな感じだ。
「で、返事は?」
「返事?」
「プロポーズの返事だよ」
「あ…うーん…今すぐに答えなきゃ駄目?」
「…まあ、一生の事だし、どうせすぐに結婚は出来ないから、今すぐじゃなくてもいいけど。でも、俺は離すつもりはないから。結果は同じだと思うけどね?」
「もう、どこからその自信は出てくるの。」
「お姉さんが好きって気持ちがそうさせんの。」
項にちゅっと口づけると、分かりやすく彼女が体を震わせちゃうから、そのまま2回戦に突入したのは、俺が悪いわけじゃないと言い張りたい。
2回戦どころか、休憩しながら5回戦まで突入してしまった時には、さすがに彼女の意識が朦朧として来ていて、少し反省しながらも、ちゃんと美味しく堪能した。
心地よい疲労感の中、彼女を抱き締めながら見た夢では、あのぬいぐるみと同じ衣装を着た俺達が笑っていて。
更に、2人とも同じ夢を見ていたことに運命を感じずにはいられなくなった俺が、彼女を1日中抱いて怒られるのは、明日の話で。
そして更に、その夢が現実になるのを知るのは、3年後の話だったりする。
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