⁂  虹の日  ⁂

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⁂  虹の日  ⁂

  あの子はもう帰らない。 パパ!ママ!と呼んでくれ、甘えたあの子はもういない。 妻と共に・・・。 俺は何もしていない。 何もしないのに、3年半も閉じ込められた。 罪を認めず控訴(こうそ)し続けるから、長引き、 結果的に反省なしとみなされ、罪も重くなった。 近所の奴らが言った。 そうまで認めたくないかね? 判決が逆転すると思ってる、そこまでして賠償金(ばいしょうきん)が欲しいか? 金、目当てじゃない。 なぜ、やってもいない事を認めなければならない。 土砂降りの雨に傘の花が、多く開いた。 ネオンに揺れる人波と、色とりどりの傘。 俺は傘が無い、帰る場所も無い。 雨音が耳に響く、まるで蟬の声の様に。            ##  どれくらい、そうしていたのだろう。 空が白っぽくなり、夜の闇がネオンと共に消えている。 繁華街に、人けは無い。店も閉まり沈黙に(たたず)んでいる。 店の壁を背にもたれ、半分寝ていたようだ。 そう言えば店主が店を閉める時、怪訝(けげん)な目を向けたのを、 うっすらと覚えている。 雨は止まない、暗く薄曇りの空。 軒先から、天を見上げる。 頬にポトンとシェードの、(しずく)が落ちた。 「冷たっ・・」 雨が小降りに代わっている。             ##  その時。ふと小さな黄色の傘を見た、黄色の長靴。 子供だ。無人の繁華街に小学生? 走ってくる、こっちへ。 俺に? 水たまりが()ねる、黄色の長靴が跳ねる。 水しぶきを鳴らし雨の中、黄色のレインコートが俺に、飛び込んだ。 「パパ!」 「・・?・・!」 「貴方、お帰りなさい」 どうして・・? 見違えるわけがない妻の姿。 変わらない。 変わっていない。 赤い傘を振り落として、走り寄る妻に俺も走り、道の真ん中で 俺達は抱き合った。 背後を見る。 「じゃあ、この子は?」 「私達の子よ、小学1年生になったの」 「迎えに行こうとしたらこの子がぐずって、入れ違ったみたい。 さんざん探したのよ」と下の子を抱いている。 「メール拒否したのは?」 「写メ、送りそうだから。小学生のこの子の姿をサプライスしたくて」 「お帰りなさい!」妻子がコーラスする。 ポツポツと雨が上がる。 陽の光が射す。朝だ。 空を見た。 息子が叫ぶ。 「パパ、虹だよ!」 雲を切り裂き、朝日のなか光に照らされた大きな虹。 俺の心にも虹が灯る。 雨は消え、青空が顔を出す。 帰る場所はあったんだ。暖かい。 左右から息子と妻を抱き寄せた。 くすぐったそうな子供の声。笑う妻。 俺も笑う、そして続ける。 「帰ろう、俺達の家へ。」                     END。
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