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⁂ 夏の日 ⁂
暑い夏の日。
うるさいぐらいに蝉の声が続いている。
男は高い塀の内側から出て、外の空気を吸った。
門で男を見送る人達に、男は深々と頭を下げた。
「お世話になりました。」
「暑いから、気を付けなよ」
蝉の声は続いている。
久しぶりだ、こんな蝉の声を1人で聞くのは。
「本当に、お世話になりました。」
「もう、2度と来るんじゃないよ」
ポンと見送る1人が、男の肩を叩いた。
うつむく男の顔に、涙が浮かぶ。
辺りを見渡す。
来るはずの人は居ない。
俺は1人になったんだ。
「失礼します。」
ほんの少しの荷物を鞄に入れ、男は歩き出す。
##
どこへ?
戻るべきところ?
そんなものが、俺にあるのか。
ピタリ。足が止まる。
繁華街の夕暮れ。当たり前のような日常に生きる彼等。
ドンとすれ違う人ゴミが、肩にぶつかって男を揺らした。
止まった足は動かない。
ぶつかった相手が罵ったが、普通でない男の様子に逆に
怯えるように去ってゆく。
すれ違いざま、酔った相手のアルコールの臭いがした。
そうだ。たったの3年半じゃないか。
その3年半の間に、どれだけの時間が流れたのだろう。
始めこそ妻や子供たちは毎日の様に、連絡をくれた。
信じてるから。
信じてる?
何をだ?
俺のやったことか。
偶然よ、運が悪かったのよ。
##
満員電車内の痴漢行為は、現行犯逮捕だ。
そしてその罪は被害者の証言が、最も重視される。
どんなに「違う!勘違いだ」そう言っても、無駄だ。
満員電車の中、その日もうっとおしいぐらいのすし詰めだった。
会社帰りの帰宅ラッシュ。
そこへ次の駅からなお、ドっと人が押し寄せた。
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