アギュララの雫

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参列者が会場の外に、順番に出ていく姿を見ながら、ふっ…と軽く息を吐いた。 緊張から、やや解き放たれかけたその時、インカムから小さな声が聞こえてきた。 『…………あの、すみません。私………気になることがあるんですけど………』 それは、今年入職したばかりの新人の女の子だった。 『どうした』 インカムから、2階のギャラリーにいる、チーフマネージャーの声がした。 式は問題なく終わったはずだ。 この場において、何が気になるのか………… 出棺間近だというのに、ちょっと空気が読めない新人なのかと、つい、少し離れた入り口付近にいる彼女の方を見てしまう。 『あの…………泣いてないんです………』 「泣いてない?」 思わず声が出てしまった。 会場にいる誰もが、悲しみで涙を流していた。 『はい。一人だけ、泣いてないんです………』 『一人?………誰だ』 『………母親です』 その瞬間、全てのスタッフの視線が母親に注がれた。 …………本当だ。 この会場で一人だけ、全く涙を流していない。 それどころか、参列してくれた一人一人に笑顔で挨拶をしながら、『今日は、わざわざありがとうございます。私は大丈夫ですので。気を付けてお帰り下さい』と、丁寧に頭を下げていた。 参列者は、気丈に振る舞う母親の姿に心打たれ、『頑張ってね』『気を落とさないでね』と、口々に母親に慰安の言葉をかけている。 いつもと少し雰囲気が違ったせいなのか、新人を除いて、誰もこの違和感に気づいていなかった。 泣かないというのが、何を意味するのか……… ここにいるスタッフは、みんなその意味を知っている。
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