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ふぅっと息を吐いて、俺の顔を真っ直ぐ見つめた。
「聞こえたんです」
しばらく見つめ会う形で、次の言葉を待った。
「あの時初めて、あの子の声が聞こえたんです」
深く息を吸い込むと
「………ママ、悲しまないで…………私の分まで生きてって…………」
そう言って、柔らかく笑った。
「あの時、ようやく気付いたんです。
あぁ……この子は死んだんだって…………もう、この世にはいないんだって………………
………みなさんは、わかってらっしゃったんですね。私が現実を受け止められずにいたことが………
あのままだと、いずれ、何らかの形で精神がおかしくなっていたように思います」
母親のその言葉に、俺はゆっくりと頷いた。
「人は、辛く悲しいときは、涙を流すものです。……私どもは、泣かない…………いえ…泣けない人は、現実を受容できていない、現実が受け止められてない人だと理解しています。現実を受け止められないままでいると、いつか貴方が壊れてしまいます。
あの場にいたスタッフ全員が、どうしても貴方を救う手助けがしたかった。
………ただ、それだけのことです……」
「………ありがとう……」
それからしばらく無言だったが、少し恥ずかしそうに笑って
「私の心を救ってくださって、本当にありがとうございました………」
深々と頭を下げた。
そして、頭を上げたときのその顔は、今でも忘れられないくらい、晴れ晴れとしたものだった。
…………そう
大切な人を失くして泣けない人は、とても危険だ。
僅かな時間でもいい。
誰も邪魔しない二人だけの時間が、現実を受け止める糸口となる。
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