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「ご、ごめん、なんでもない!」
私は井上さんに頭を下げると、
「ちょっと、めぐみー!」
と、ほっぺたを膨らませている千夏の元に戻ろうとした。
すると、井上さんは私の手首を力強く掴み、私にしか聞こえない声で、そっと耳打ちした。
「昨日見てたの、大石さんだったんだ。
ビックリしたでしょ?
あのさ、ここだけの話だけど。
立花センパイ、すごくうまいよ……。
あっ、この事、誰にも言わないでね」
言い終えた井上さんは、私の手首を放すと、軽やかな足取りで教室へと入っていった。
「どうしたの、めぐみ?
急に井上さんに駆け寄っていって。
何か、あの子に用事でもあったの?」
千夏が心配そうに尋ねてくるが、私は「ごめん、なんでもない」とにべもなく返し、再び千夏と共に購買部に向かって歩を進めていった。
──立花センパイ、って言うんだ。あの男の人。
購買部へと向かう最中、私は千夏の言葉を上の空状態で聞きながら黙考する。
そして昨日、血管の浮き出た両腕で井上さんのカラダを力強く抱いていた「立花センパイ」なる男の姿を、私は繰り返し脳内でリピート再生していた。
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