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そんな禍々しくも妖艶な建物が並ぶ中、噎せかえるほど甘く発酵した匂いを放つ一件の果物店が紛れ建っていた。
営業形態は娼館のそれに合わせ、客商売の合間に女達が好んで食べるに合わせた果物で、安価で手っ取り早く空腹を満たせる故か、それなりに需要があった。
果子通りにはこの果物店の他、化粧品や避妊具などを売る雑貨店や身体を解すだけの健全たるマッサージ店も点在していた。
その中で最も地味な果物屋がそろそろ店を閉じるか、という頃、店先にやって来た水無月を見て、一人の老婦が椅子から立ち上がった。
「遅かったね、コウさん」
「ああ」
水無月は老婦に近寄って行き、小さく丸めた札を渡す。
それを受け取る老婦は毎月の事だが溜め息をついた。
「アンタからしつこく渡せば、あの子だって受け取ると思うけどねぇ」
「今月は服でも買い足してやってくれ」
「どうせなら あの子を引き取ってやったらどうだい?
国籍なんかなくても同じ日本人だろ?
元々賢い子なんだ、学校くらい行かせてやれないものかね?」
水無月は老婦の言葉をやり過ごし、来る途中で漢方医から受け取った薬を渡した。
「最近のあいつの具合はどうだ?」
「貧血はだいぶ落ち着いてるよ。
アンタが寄越してくれる医者と処方薬のお陰で、日中は店の手伝いもできるほどさ。
ここんとこ良く食べてくれるしね」
「婆さんほど血の気が増えりゃいいけどな」
愛想があるのか無いのか分からない水無月の呟きに、老婦は笑いながら仰ぐように手を上下させ、『早く行ってやれ』と促した。
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