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李子 ─ リーヅィ ─
フェルディナントファーマ社を後にした水無月は途中タクシーを拾って花園街に向かった。
昼間は観光客で賑わうチャイナタウンも陽が沈み、赤を基調とした街に灯りがともると、少しづつその表情を変える。
隙間なく並ぶ茶餐廰(大衆食堂)に集まる客の多くは、観光客から異国の言葉を交わす街の住人に代わり、
飴色にローストされたグースの丸焼きが数を増して店先に吊られ、ヒートランプを浴びてツヤを放つ。
開放した店の天井ファンは空気を動かし始め、包子屋台の蒸籠が噴き出す蒸気と、茶楼から漏れる緩やかな湯気が黒い空に立ち昇り、その先でぼやけては消えてゆく。
店々をうろつく犬がどこからともなく現れる頃、露店商は道の中央を陣取り、僅かな灯りで商売を始める。
炒油と酒の匂い ──
街角の占い師が立てる線香の匂い ──
そんな花園街を二分するメインストリートからやや離れた
筋に娼館ばかりが建ち並ぶ『果子通り』があった。
昼間は影を潜めるこの通りも、夜は一際派手に輝き、眩いほどの灯りがそれぞれの店看板を金色に照らしていた。
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