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*組織の囚われ人
午後7時、日が沈みネオンが咲き乱れる。娼館街。
娼宿「瑠璃蝶々」
この街も店もキナ臭い。犯罪の温床のような場所だ。警察上層部も買収され、何もできないと裏社会の者たちは思っている。だが独断で動くことはできる。勿論クビになるのは覚悟の上だ。
それでもやらなければならない理由がある。両親を裏社会の人間に殺され、唯一無二の妹は未だ消息が掴めていない。
生きていてさえすれば、きっと出会えることを信じて、今も探し続けている。だが巧妙に隠されていて全く行方がしれない。
娼宿に足を踏み入れる。店内を進みカウンターにいる店員に警察手帳を提示する。
「警察だ。責任者を出してもらおう」
「解りました。少々お待ちください」
店員がそそくさとはけていった。
責任者を呼んで来るのを待つ間店内を物色する。辺りは薄暗く黄色味がかった灯に照らされ、赤い絨毯に派手な壁、通路の奥にはいくつもの扉が見える。個室の作りのようだ。
店内には香が焚かれ、不気味な雰囲気を醸し出している。正体不明のお香を吸いたくはないが、長く息を止めるわけにもいかず嫌でも吸い込んでしまう。
しばらく待っていると、視界がぼやけて浮遊感とめまいのような感覚が襲う。
まさかこのお香、何かの効果が…と思った時には手遅れだった。
心拍が上昇し、心なしか息も上がっているように感じる。
「く…っ、ぁ…何故、こんなこと…」
そのまま深い闇に引きずられていった。
暗い意識の中で思い出すのは家族の顔。いつも優しい母、強く逞しい父、母親譲りの優しさを持つ妹。家族で囲む食卓は今も昨日のことのようだ。
明るかった家庭が裏社会の抗争に巻き込まれたのは今から十数年前のこと。両親は俺をクローゼットに隠し、妹を身を挺して守った。
両親は息絶え。妹は両親の下で微かに息をしていた。
突然現れた男に妹が連れ去らわれそうになっている様を、俺はクローゼットの隙間から覗くことしかできなかった。
妹の『助けて!…助けて‥パパ、ママ‥』と縋り付き発する悲痛な声を今でも忘れられない。
小さかった俺はただ震えて泣くことしかできなかった。
あの時飛び出していたら、妹を救うことができたんじゃないかと今でも思う。しかし命懸けで助けても妹を守ってくれる存在がいなくなってしまえば、つらい思いをすることになる。
矛盾だらけで心が張り裂けそうだった。
大人になってからも一片たりとも忘れることのできない惨劇だった。
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