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実家
何か月かぶりに実家に帰ってきた。駐車場には兄の磨かれた赤い車が停まっている。ガラッと引き戸を開け声をかけた。
「ただいま」
居間のほうから
「おかえりー」
と、お気楽そうな兄の颯介の声が聞こえた。
「冬物取りに来たよ」
「そうか。泊まってくか?」
「うーん。どうすっかな」
「もうすぐ母さんも帰るしさ、泊まってけよ」
「親父は?」
「相変わらず出張中」
「ふうん」
(また女と遊んでるのか)
手広く商売をやっている父の輝彦は景気が低迷し始めたこの時代でもよく遊び歩いていた。
快活な輝彦と寡黙なたちの母の慶子は油と水のようだ。大きな喧嘩も言い争いも目にしたことがないが直樹にも颯介にも仲の良い夫婦だとは思えたことがなかった。
大学は家から通ったが就職をきっかけに一人暮らしを始めた。職場への通勤が便利だという理由もあったが、一人で静かに暮らしたかった。いつも外野は騒がしい。何をそんなに騒ぐことがあるのかと思いながら子供のころから周囲を冷ややかに見ていた。しかし一人暮らしをしても結局騒がしさは直樹の生活や心に侵食してくる。独立すれば変わるかと思ったが、何も変わらないことを大人になって悟った。
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