実家

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 颯介の勧めで直樹は実家に泊まることにした。久しぶりの慶子の料理はやはり舌になじんだもので懐かしく安心感がある。 「うまい。このひじきの煮物」  慶子は微笑して、 「直樹は煮物が好きねえ」  と、目を細めた。  久しぶりに見る母のすっきりしたまなじりにまたしわが増えているようだ。こめかみに白いものがちらっと見える。 「煮物ってさ。手間がかかってる気がするじゃん」 「この鯵のタタキだって手がかかってんだぞ」 「美味いよ。兄貴が作ったんだろ」  自慢げな颯介は弟に褒められ満足な表情を見せる。  いつからだろう。こうやって三人で食卓を囲むようになったのは。父の輝彦は直樹が中学に上がる前までは夕飯をともにしていたと思う。しかし颯介と慶子と直樹の三人で過ごすほうが記憶に新しく長い気がする。  一人でする食事。里佳子との食事。母と兄との……。どのパターンもどこかしら空虚感あるものだなとぼんやり頭の片隅で認知していた。 「お前が帰ってきて、母さん嬉しそうだな」  入浴を終えて、くつろいでいると颯介がブラブラしながら焼酎の入ったグラスを持て来て寄こした。 「ありがと。いつもと変わらないんじゃないの」 「いや、やっぱ嬉しそうだよ」  今夜も輝彦は午前様なのだろうか。 「また帰ってくるよ」 「おう。そうしてやれ。で、なんかあったのか?」  颯介は子供のころから些細な感情の流れや変化に敏感だ。(相変わらず気が利くというか鼻が利くというか……) くすっと笑いながら直樹は 「別に。何もないよ」  と、言った。 「そうかあ? なんか考え事してるだろ。目の下にクマできてるのは女のせいじゃないだろ?」  苦笑しながら直樹は咳払いをして焼酎を飲んだ。 「寝不足はネトゲ」 「ネトゲ? ネットゲームか? そんなのよせよ。引きこもりになるぞ」 「大丈夫だよ。そこまでやり込まないって」 「ふぅん。そんならいいけどよ」 「あのさ。兄貴、仕事面白い?」 「なんだよ。いきなり。面白いから続けてんじゃんよ」  爽やかな笑い声を立てて颯介は屈託なく言った。きっと心の底からそう思っているのだろう。直樹と違い輝彦に似て目尻の下がった優しい目を輝かせている。 「俺、魚好きだし、忙しいのも賑やかなのも好きだからな」  颯介は色々なことを広く浅くやるのが好きで、女性関係も同じく長続きしなかった。魚市場で働き始めてからは、飽きっぽい性格が返上されたかのように生真面目に働き続けている。魚も人も釣るのが好きで、常に新鮮さを求めていた彼には一番合った職場かもしれない。 「適材適所か」  つぶやく直樹に颯介は 「お前って営業なんかよく続いてるな」  感心するように言う。 「慣れだよ。うちはありがたいことに大手だから、新規の人に胡散臭がられることもないしさ。普通に話したら、だいたいいけるんだよ」 「そんなもんか。人相手より物とか相手のほうが合ってそうなのにな」  目を伏せた直樹は林業のことを思い出した。 「林業ってさ。なんか知ってる?」 「んん? さあ。キコリか? マタギ?」 「俺もよく知らないけど」  片づけを終えた慶子が、きちんとアイロンのかかった白いエプロンで手を拭きながらやってきて 「木を育てて売る仕事よ  と、ため息混じりに言い風呂場のほうへ去って行った。 「だってさ」 「なるほど」  二人は顔を見合わせて焼酎を飲みほしそれぞれ寝室に向かった。
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