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「ヤバいな。もうすぐ日が沈むぞ」
八月十三日、土曜日。
仕事の休暇を利用し、友人たちと登山へ訪れていた俺は、木々の隙間から覗く濃いオレンジ色の空を見上げて疲れを滲ませた声を漏らした。
「一日くらいなら、野宿でも凌げるんじゃないか? 冬場じゃないんだし、最悪道に出られなくてもどうにだってなるだろ」
額の汗を手の甲で拭いながら立ち止まり、渋沢が俺を振り返って気楽な声を放ってくる。
「食料と飲み物も、少しはある。ほら、動画サイトでよく見かける自給自足生活ってあるだろ。あれみたいなもんだと思って楽しめば良い」
「そんなのあたし観たことないし。やだよ、こんなとこで野宿なんて。テントとかだって持ってないじゃん。虫もいるしさぁ……何とかして戻ろうよ」
渋沢の言葉に苦言を呈し、困ったような声音を漏らしたのは戸波だ。
ケロリとした渋沢とは対称的に、疲れきった面持ちを浮かべ、先程から小さなため息を何度も吐き出している。
「たぶん、無理だよ。進む方向がわからないし、適当に歩いてる間に暗くなって身動きがとれなくなる。どこか休める場所を探す方が賢明だと思う。夜の山を歩き回るのは、頭で考えるより危険だって言うしな」
耳障りなくらいにひぐらしが合唱を奏でる空間で、俺は友人二人を交互に見やった。
渋沢郁洋、そして戸波茜。
高校時代からの友人で、二十歳になった今でも唯一交友関係が続いているのがこの二人だ。
それぞれ別々の大学に進学し、顔を合わせる機会は年に二回ほどしかなくなったが、それでも会う度に当時と変わらない態度で接し合えているのだから、俺たちは間違いなく生涯の友と呼べるような、良い関係を築くことができているのだろう。
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