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エレインを見つけてからというもの、ぼくは彼女のことを探すようになった。だいたいは桟橋に出てくる。日差しが強い日は日傘を差していたり、帽子をかぶっていたりした。 そしてそこには必ず男もいた。背筋はしゃんとしていて服装も様になっている。撫でつけられた赤茶けた髪は清潔感があった。 その男の髪の毛はエレインと同じ色をしていて、遠目からだと兄妹のようにさえ見えるほど親密そうに見えた。 膝を折って水面に手を伸ばし、指先でなぞった水をエレインがその男にかけたり、その男と一緒にカヌーに乗って湖の中にまでくることもあった。 エレインがほかの男といるところを見ても、ぼくは遠くから眺めているだけだった。ぼくはその男を見ていると全身がむずむずした。羨ましかった。ぼくは持て余した気持ちをどうしていいかわからなかった。 ぼくはきっとエレインに気づいて欲しかったんだと思う。自分ではもうどうすることもできなかったからだ。でも、それは臆病者の言い訳だ。 ただ一度その姿を見ただけでこんな気持ちになるなんておかしい。でも、おかしくなっているのは僕だけだった。 エレインはぼくの存在に気づいていない。森の中の木と同じで、ぼくは彼女にとって自然の一部と大差なかった。 でも、エレインに気づいて欲しいと思う反面、気づいたあと、どうなるのかが想像つかなくて怖かった。ぼくはまだエレインの声さえ聞いたことがない。知っているのは美しい姿だけ。考えるだけ無駄だってわかっていたけど、考えずにはいられなかった。一人でそんなことばかり考えているなんて、どれほど醜いのか。比べようもない。 こんな醜い姿を見られたくはないと思う一方で、ぼくのことに気づいて欲しいとも願ってしまう。誰に止められているわけではないから行けばいい。でも、近づけば近づくほどに奈落の底に突進していくような気分になる。だから遠くもなく近くもない距離を保つことにした。一人で悩んで一人で答えを導き出す。そんなことは今まで何度もあった。でも、ぼくの世界にエレインは入り込んできて、無自覚にぼくの世界を破壊した。 ぼくの体の中にはエレインの姿を見るたびに胸の中に溜まっていく目に見えない物体が生まれていた。その物体は大体胸の奥の方からぼくの体を熱病のようにほてらせたり、誤って飲み込んでしまった石のように苦しみを与えてきた。 ぼくは気持ちの抑えがきかなくなると、湖で思い切り泳いだ。夜中、銀貨みたいな月が高く昇るころに。ぼくは力の限り腕で水を掻いたり、足をヒレのように動かして水を蹴った。 近くにある別荘の明かりが見えるとエレインの顔が頭に浮かんで来た。そんな時は一旦水中に深く潜り、湖面に向かって全速力で突き進んだ。湖面を突き破ると空に向かって羽ばたく鳥のように空中に飛び出すことができた。どれくらいまで飛んでいたかはわからないけど、数秒は空を飛んでいた。でも、すぐに墜落する。そんなことを疲れはてるまで何度も繰り返して、ようやく眠れるなんて日が何日か続いた。
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