1.「ハジメ」

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 五時間程度過ぎた頃だろうか。休息の時間だと言い残して、壇上に立っていた人間は姿を消した。僕と、僕以外の人たちも姿勢を崩して休憩し始めたようだった。  僕も姿勢を崩す。周囲では、無意味なようで意味のある会話が交わされている。僕もそれに混じるべきだと口を開いた途端、部屋の自動ドアが勢いよく開いた。  驚きすぎて、声も出さずに静止していた僕の目の前に、白い部屋に似合わない真っ黒な制服を着た人たちがずかずかと歩いてくる。ところどころ赤いラインの装飾なようなものも入っていて、僕らとは一線を画した存在だと言うことが一瞬で理解できる。  それが、僕の肩を掴む。 「No.111111、今から質問を行う。沈黙は未回答と同義だ。いいな」  部屋の空気が冷たくなる。僕の心臓も、早鐘を打ち出す。なんだ、なんなんだ急に!? 沈黙は未回答と同義、と言われて反射的に「はい」と答えることは出来たが、果たしてその声に動揺は混じっていなかっただろうか。  彼らの質問は、僕らが今まで教えられてきたことの総復習のようなものだった。「僕らの役目」「世界の構造」「歴史」「単純な計算式」「文章の読み方」……この数年間をしっかり生きていれば、確実に間違いようのないレベルのものだ。  僕は一問たりとも間違わずに解答できている。――だからこそ恐ろしかった。こんな当たり前のことを聞いてくるということは、僕には今とんでもない疑いがかかっていると考えて間違いないだろう。  ――解答している途中に、じわじわと頭が冴えて記憶が蘇ってくる。自分には来るはずがないと思っていたことだからすっかり頭から消していたが、これは「審査」だ。たまに抜き打ちで行われる、審査。これに誤った解答をした奴なんてそうそう見たことなかったのも、僕が忘れていた原因のひとつかもしれない。  審査で解答を間違うと、そいつは「不要品」と見なされ即刻処分場行きになる。ああ、今更思い出した。思い出したくなかった。恐怖が鮮明に浮き出てきて、声が震えないように解答するのが難しくなってきているのがわかる。 「……No.111111、全問正解だ」  何十問目かの質問が終わったところで、僕の名前が呼ばれる。全問正解、の声に僕は思わず安堵したが、 「――――だが失格だ」  その言葉で、僕の安堵は全て反転した。 「ど、……どうして、ですか」  思わず紡いだ言葉に、眼前の人間は冷たく切り返す。 「それ(・・)だ。お前は感情の振れ幅が大きすぎる。解答中も時折声が震えていたな? あれは『恐怖』だろう? そして今、私の言葉を聞いてお前は確かに『安堵』した」  そんなのって、……あんまりだ、そんな言葉すら言わせてもらえずに、僕はそいつに組み伏せられる。ふりほどこうと腕や脚を動かしても、必要最低限の筋力しか持たない僕の身体では、相手の力を上回ることができない。 「連れて行け」  無慈悲な声とともに、部屋に複数の足音が響く。無理矢理立ち上がらせられたかと思えば、両脇を黒制服の男に掴まれる。  ――抵抗もできない。言い訳も許されない。泣き叫んでもどうしようもない。ただ歩かせられる。  どうやら背後にも制服の男は立っているようだ。恐る恐る少しだけ首を回すと、何かよくわからない――きっと、それは抵抗する人間を大人しくさせるための――機械の先を向けて歩いている。    ……今まで、世界がおかしいと思ってしまう自分を隠して必死に生きてきたのに。正常なフリをして生きてきたのに、たった一回の失敗でもうおしまいだなんて。  僕の努力は、無駄だったのか。異端である以上、いつか必ず見つかって排除される定めだったって言うのか、僕という存在は。  心の中で叫んでも、答えが返ってくるわけでもなければ、制服の男たちが手を離すわけでもない。……どうしようもないのだ、僕には。  ――ああ、僕に力があったのなら、彼らの拘束を振り払って逃げられるのだろうか。そして「この世界は狂っている」と大声で叫ぶことも、許されるのだろうか。  そんなもしもを考えながらどこともわからない場所を長い間歩かされ続け、ようやくたどり着いたのは――死刑台(ギロチン)の前だった。  僕と死刑台は一段高いところにいて、その下には大勢の人がいる。誰も彼も同じ顔をして、表情ひとつ動かさずに黙って僕を見ている。そう広くない部屋に整列させられて、ただ一点を見つめさせられている。 「頭を置け」  突き刺すような命令が背後から響く。……そうか、僕は今からこの人たちの前で「見せ物」として処刑されるのだ。それは決して娯楽ではなく、ただ彼らに「こいつと同じ目に遭いたくない」という意思を抱かせるためだけのもの。  こんな、こんな最低な……意味のない、死。僕はこれを受けるためだけに、ここに生まれてきたっていうのか。  ――それなら。  ――最後に言葉だけだって、報いてもいいんじゃないか? 「どうした、早く――」  制服の男の言葉を遮るように、僕は大声で叫んだ。 「この世界は狂ってる!!」  部屋に反響する僕の声。一瞬の間もなく、制服の男たちが僕を無理矢理ギロチンの柱の間に頭を固定しようと押さえつけてくる。それでも僕は構わず叫び続けた。 「お前たちは思ったことがないのか!? この世界は退屈だと! この世界は平坦すぎると! この世界は狂っていると! 僕は思ったことがある、だからここに立たされている! でも今の今まで言葉になんかしたことなかった! なのに――」 「――刃を落とせ! 早く!」  口に何かを詰め込まれて、僕の頭は無理矢理固定される。……それでも僕は、まだ叫び続ける。死を前にして高揚しているのか、それともヤケになっているのか、僕は延々とうなり続ける。 「落とせ!!」  制服の男の声が響いて、僕の首に煌めく銀の刃が落ち――――
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