1.「ハジメ」

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1.「ハジメ」

 今日もまた、同じ日々が始まる。  決められただけ知識を頭に詰め込み、決められただけ身体を動かして体力をつける。  決められただけ休息をとって、決められただけまた学ぶ。決められただけ動いて、決められただけ受け答えをする。そして、決められた時間に寝る――。  それだけの日々を、繰り返す。  白く無機質な壁と床、洒落た細工の一つもない世界で、僕らはただ定められた行動だけを行わされている。それがこの世界のためになるから、という理由を植え付けられて。  僕らは今、身体と頭脳の育成を行われているらしい。もう少しすれば次のステージに行って、世界を循環するための一つの部品になるのだとか。  それが真実なのかは知らない。知ることは許されていない。僕らは、個性も人格も存在しないただの部品なのだから。  ――なのに全てを知りたいと願ってしまっているのは、僕が狂っているからなのだろうか。  誰もこの世界に疑問を抱かない。世界の有り様に疑問など抱く心を持ち合わせていない。それはそうだ、本当なら僕にも人格などなかったはずなのだから。  前時代の「学校」をなぞらえたらしい、それでもただひたすら真っ白な部屋で、僕は段差の上に立つ人間――僕らより少しだけ大きいが、顔は同じ――の話を聞き続けていた。  彼が語るのはこの世界の役に立つために必要な知識。世界の構造(酷く簡略化されているように聞こえてしまうのは、僕の問題なのだろう)や、数学的な計算の行い方、文字と呼ばれるものの読み書き――他にも様々だ。これらを一日に決められただけ覚え、そして次の日にはまた新たな事を覚える。僕らはそれを繰り返している。当然、目の前に立っている人間も、僕らに「教える」のを繰り返している。  ――この世界を退屈だと、空しいと思ってしまうのは、何故?  自問自答しても答えが出るわけではない。誰かに尋ねてみたくても、そもそも無意味な会話は許されていない。  もう何回心の中で考え続けただろう。問い続けただろう。その度に答えが出るわけはないと気づき直すのに、また疑問に思ってしまう。  だけれど、この世界の有り様を疑うのは「悪」で「罪」なのだ。僕らは幼い頃にそう教えられた。だから、その言葉を紡ぐことは絶対に許されない。  口に出せばどうなるか、皆も僕もハッキリと教えられたことはないけれど、知っているんだ。稀にいた。僕のような疑問を口に出したやつが。でもそいつはある日忽然と姿を消してしまった。きっと、彼は……。  でも、彼がその疑問を口に出したときの、あの騒然とした空気は本当に新鮮だった。個室に帰ったときになんだかわからない薬を大量に投与されたのには辟易したが、……正直、僕はあの震える空気が心地よかった。  あの時感じたのはなんだったのか、今でもわからないけど……それでも僕は、きっと「心が動いた」のだと思う。それまで一回も感じたことなかった、自分が確かに生きているという実感……。  けれど結局、僕自身は自分の疑問を口に出すことはできないままでいる。それはきっと、彼のように消えてしまうのが怖いから。  たとえ退屈で、代わり映えのない世界でずっと生きなければいけないとしても、それでも自分が「なくなる」のだけはどうしても怖かった。  ……だから今も、僕はただ自問自答を繰り返すことしかできずにいる。  今、ここで彼のように疑問を口にしたらどうなうのだろう。  ……できもしない想像をすることが、臆病な僕に出来る唯一のことだった。
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