2.1000年の眠りから

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2.1000年の眠りから

「……さて、ここでひとつ、とある少年の話をしようか。  この世界にもね、まだ倫理観を大事にしていた時代があったんだよ。個人を尊重し、人格を持つことの許される時代がね。僕が今から話すのは、そんな時代に生きていた――いや、厳密に言うと『今も生きている』んだけど、そこはまあ置いておいて。……とにかく、君が先程まで見ていた世界より大分昔に生きていた少年の話だよ。  そうだね……その少年は確か、一七歳だったかな。特に人に誇れることのないような人生を生きていたけど、それでも彼は家族と一緒に日々を過ごせるだけで幸せだった。  彼には母親と妹がいてね。父親は彼が幼い頃に蒸発してしまったんだとか。まったく、倫理観の残っている時代の話なのに、酷い話だよね?    おっと、話が逸れそうだな。ごめんね、つい。  で、彼にはその時まで本当に何も起きなかった。平凡で、平穏で、平坦な日々。それでもその時代には娯楽とかも色々あったわけだし、一応退屈せずに生きてはいられたのさ。  でもね、ある日を境にすべてが一変した。……彼の体は、病魔に蝕まれていたのさ。  最初は本人も全く気づかなかった。短時間の目眩が続くな、とか、息切れしやすくなったな、とかその程度だったらしいんだよ。それが延々と治まらないし、悪化していく一方になってようやく母親が無理矢理病院に連れて行ったんだ。そしたら医者はね、彼にこう言ったんだ。  『君の病気は、現代科学で治せる方法が存在しない』ってね。  その時代でも十分に科学技術は進んでいたんだよ。それなのに、彼の病気は治せないときた。  僕も医療的な知識があるわけじゃないから、的確に病名で表すことはできないけど……確か、何もしないでもどんどん心臓の活動が緩やかになっていってしまう、そして最後には完全に停止してしまうっていう感じの病気じゃなかったかな。仕組みはよくわからないけど、心臓が動けば動くほど完全な心停止へのカウントダウンが進んでいくんだって。  母親は泣き崩れて、それを盗み聞きしていた妹は部屋に割入ってきてしまった。本人は、呆然としていたようだよ。そりゃそうだよね、多分そんな話、僕が同じ立場で聞いたとしてもそうなると思うから。  で、匙を投げたように見えた医者だけどね。ある程度はしっかりした医者だったんだろうね、ちゃんと彼が生きれる道も探してくれていた。  それがね、『クライオニクス』。コールドスリープが人体を低温による仮死状態で眠らせて保存する技術なら、クライオニクスは『一旦完全に死亡が認められた後に』進展した技術で蘇生を行うというやり方だ。その時代ではコールドスリープの成功率はほぼ百パーセントだったのだけれど、彼の病の場合は中途半端に生かしておくとただただ心臓が弱っていくだけだったから、後者の方が確実だろうとは当時の医者の談だ。  でも当然、莫大なお金がかかる。彼の家庭は片親だけだったから、負担はかなり大きかっただろうね。  更にもっと問題があった。それは、家族が生きているうちにもう一度目覚められる保証もないってこと。  まあ……人間の寿命ってせいぜい百年だろうから、母親とも会いたいなら五〇~六〇年以内に、妹とだけでよかったとしても、そうだな……八〇年が限界かな。つまり、その間に技術が彼の病を根本的に治療できるようになり、そして死んでいる彼を蘇生することが出来るようにならなければ、クライオニクスによって眠りについた時が、彼と家族の永遠の別れになる、ってことだね。  これは彼らとその家族にとって、あまりにも大きすぎる問題だった。莫大な金が必要な上に、もう一度生きて会える保証もない。君たちは、こんな選択を迫られて最良の答えを出せるかい?  結局、彼も家族も全てを未来に託すことに決めた。  彼は愛する母親と妹、そして学校のクラスメイト達に見送られながら、クライオクニス用の装置に入っていった。そして、緩やかな冷気に包まれながら、ゆっくりと眠るように意識をなくしていった……。  …………え? それで、彼がその後どうなったかって?  最初に言ったろ、『今も生きている』って。そう、生きているんだよ。今もね。ああいや、でももっと正しく言えば『まだ死んでいる』んだけどさ、『今から肉体が蘇る』んだよ。  ああ、ほら、そろそろ彼も目が覚める頃なんじゃない? 今、解凍作業と薬の投与が終わったみたいだからさ。  じゃ、ここからは彼自身の話になるね。僕の長ったらしい語りはここまでにして、次はちゃんと生きている彼の話を聞いておいで――――」 ・ ・ ・
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