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「新郎新婦の入場です!」
司会が声高らかに発声する。
大きな扉が開き、スポットライトが私たちを照らした。
同時に割れんばかりの拍手が鳴り響く。
親しい人たちの笑顔に包まれて、私たちは会場を練り歩き、高砂の席に着いた。
「本日はお忙しいなか、私たちの結婚披露宴にお越しいただき、誠にありがとうございます。本日は、日頃お世話になっているみなさまをお招きし、ささやかながらこの席を設けさせて頂きました。短い時間ですが、楽しんで頂ければ幸いです。」
私の隣で、彼がにこやかに開宴の挨拶をする。
その後、
「新郎は大学を優秀な成績で卒業し…」
と新郎新婦紹介があり、
「新郎はまじめな仕事ぶりから社内のみならず取引先からも評価が高く…」
と上司の挨拶があり、乾杯の発声、友人のスピーチ、生い立ちムービーの上映、余興、と滞りなく披露宴が続いた。
その全てのプログラムの中には、「彼らはまじめで優しくて幸運にも互いに愛する人に出会えたうえに、これからも幸せな人生を歩んでいくことを祝福してやまない」というメッセージに満ち溢れていた。
最後に全てのゲストを見送り、披露宴は幕を閉じた。
この世の全ての幸せを集めたような披露宴が終わり、彼と私は会場であるホテルのスイートルームに入った。
この部屋で新婚初夜を過ごす予定なのだ。
彼は冷蔵庫を開けて言った。
「おっ、ワインあるじゃん。開けちゃおうぜ。」
上機嫌な彼に、
「いいねー。開けちゃおう♩」
と言いつつ、私はカーテンを開けた。
窓の外には、2人の前途を明るく照らすように、満月が辺りを照らしていた。
「月が綺麗ね。外に出てみない?」
外に出ると、空には雲ひとつなく、暑くもなく寒くもない気持ちのいい空気を湛えていた。
月明かりの下で、夫は相変わらず上機嫌でワインを飲んでいる。
その横顔を見つめ、幸せの絶頂を噛み締めながら、私は思った。
(こいつを殺るなら今しかない!)
弟が死んだのは今からちょうど10年前のこと。
中学2年生だった当時、いじめを苦にして首を吊った。
それからというもの、私の家庭はめちゃくちゃになった。
母は精神を病んでしまい、そんな母を支えるために、父も仕事を変えた。
生活にゆとりが無くなり、私も大学への進学を断念せざるを得なかった。
なぜ弟は死ななければならなかったのか。
弟を死に追いやったのは誰なのか。
足がつかないように調べるには時間がかかった。
しかしどれだけ時間が過ぎようとも、私の中に灯る地獄の業火が消えることはなかった。
「故人は復讐など望んでいない」などというのは空想世界の中の綺麗事だ。
死人に口なしであれば、遺された者が推して知るしかない。
弟を殺したこいつはまだ呑気にワインを飲んでいる。
仕込んだ薬で、5分もすれば意識を失い、しばらく目を覚ますことはないだろう。
その後は手足を拘束し、人のいない場所に移動する。
そして目を覚ましてからゆっくりと、弟と私たち家族が受けた苦しみを与えよう。
月に代わってお仕置きだ。
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