青い瞳をした俺に殺された

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 いつからこんな奇妙な生活が始まってしまったのだろうか。  たしか、ちょうど一年前の夏だったはずだ。犬のペットとして僕を大切にしてくれているご主人様が、夏ということで、彼の友人と心霊スポットに肝試しに行ったのが事の発端だった。  僕はその日、一匹でお留守番をしていた。ご主人様は一人暮らしの独身男性だった。その寂しさから彼は柴犬である僕をペットショップから家に連れ帰ったのだ。恋人もいない分、ご主人様は僕に愛情を注いでくれたし、僕も同じくらいにご主人様を愛していた。  だからその日も僕は、ご主人様の帰りを待ちきれない思いで玄関の前でじっと座っていた。しばらくしてから車のエンジン音が聞こえた時には、あまりの喜びで僕はワンワンと吠えていた。  でも、ご主人様たちが玄関扉を開け、中に入ってきた時には、僕の咽喉は情けないくらいに廃れてしまっていた。  それもそのはず。「ただいま」と言って帰ってきたのがご主人様なのだが、そのご主人様が四人もいたのだ。彼はハーフのようで青い瞳をしているのだが、それも顔も体型も服装も全く一緒の四人が声を揃えて「ただいま」と言うもんだから僕は萎縮してしまった。  さらに不可解なのは、四人ともその状況に平然としていることだった。どうやら自分以外の三人を各々認識しているようで、しかもそこには嫌悪感はなく、むしろ友人と接するような態度で会話を交わしているのが不思議でならなかった。  そして実際のところ、誰が本物のご主人様なのか僕の嗅覚からでは判断がつかないでいた。心霊スポットから連れ帰った幽霊ならばそれは容易なのだが、四人とも明らかに本物にしか思えないのだ。動物の第六感からでもわからないとなると、三人は幽霊では無いのかもしれないと僕は思った。  だったら三人の正体は一体なんなのか。本物のご主人様は誰なのか。  僕はこの一年間、それらを突き止めようと試みた。だが、今日の今日まで何一つ分からなかった。ただ四人の同じ顔をした人間と一匹の犬の奇妙で平穏な生活が一年続いただけだった。  それなのにまさか……あんなことが起きるなんて。  僕は今日の昼間、一人のご主人様に散歩に連れて行ってもらっていた。一年前から役割を四人で分担することになっているのだ。一人は僕の世話、一人は家事、一人は仕事、一人は趣味、それを一週間ごとに交代していくのだ。  散歩から帰ると、ご主人様が「ただいま」と一言。僕は玄関に敷かれたタオルで少し足の汚れを落とすと、そのままシャワールームに向かった。足の裏を綺麗にするためだった。  僕がその中に入ると、突然リビングの方からご主人様の悲鳴が聞こえてきた。何事かと僕は慌ててシャワールームを後にして、悲鳴のした方へと走った。  悲鳴をあげたであろうご主人様がリビングの中央に立っている。だが、体は震えてしまっている。彼の視線の先へと僕が目を移すと、そこには血だらけのもう一人のご主人様が仰向けに倒れていた。  腹部には包丁。目は開いているが生気は漂っていない。死んでいるのは一目瞭然だった。  彼の悲鳴を聞きつけた残り二人のご主人様が二階からそそくさと降りてきた。  二人は自分と同じ姿をした死体を見るなり、一人は悲鳴をあげ、一人は口をぽかんと開けて唖然としているようだった。 「おい、一体どうなってんだよ」 「お前が殺したのか?」 「違う俺じゃない! 俺がマメと散歩から帰ってきたら既にこうなっていて……」 「もしかして強盗殺人?」 「いや、鍵はどこの窓も扉も閉まっていた」 「じゃあ外部からの侵入は不可能なわけだ」  最後のその台詞を機に四人とも気づいてしまったのだろう。そして僕も唾をごくりと飲み込んだ。  犯人はご主人様、つまり自分以外の自分が殺したのだと。もちろん犯人である誰かのご主人様は必死にその演技をしているわけだが。 「だ、誰がやったんだよ……」  今日散歩に僕を連れたご主人様が言う。 「俺じゃねーぞ。てかお前だろ」 「俺はずっと散歩で外にいたぞ!」 「帰ってきて殺したのかもしれないじゃないか」 「俺は殺してない! マメがそれを知っているはずだ!」 「どうだマメ?」  僕は首を振った。悲鳴が聞こえてきたのはシャワールームに入った直後なので人を殺めてる時間はないだろうと考えたからだ。 「な、いったろ? だから犯人はお前かお前なんだよ」  散歩係のご主人様は二階から降りてきた二人を指さす。どちらも「俺はやってない」と主張するだけだった。 「とにかく、警察呼ばないか?」  二階から降りてきたご主人様が言う。 「え、警察?」 「は、呼ぶだろ。それかなにか、呼ばれたら不都合なことでもあるのか?」 「いや、明らかにまずいだろ。だって死体もそうだけど俺らみんな同じ顔してるんだぜ? それ見た警察どう思うよ」  その発言に皆が黙り込む。  僕はその間、不吉なことを考えていた。この死んだご主人様が本物だったかもしれないということだ。命を落としたということは人間であり、つまりそういうことなのじゃないかと。他の三人は人間でなく、また別のナニか。そのナニかは不死身で、この一年で本物を見つけ殺したのではないだろうか。そんな気がしてならなかった。 「じゃあこういう設定にしよう。俺らは四つ子だ」 「四つ子?」 「ああ、実際は違うけど、もう似たような関係になってるだろ?」 「そうだけど……家族関係とか調べられてらどうするんだよ」 「そこはみんなでなんとかしよう。実際、四人とも顔が一緒だから四つ子説は否定されにくいだろうし」 「てか、なんで俺らって四人になったんだっけ」  一瞬の静寂が訪れた。何気にそれは初めての話題だった。今までそんな話は一切してこなかったのに、こんなことが起きてしまったせいなのか。 「なんでだったっけな……」 「てか今はそれどころじゃないだろ。警察呼ぶなら早く呼ぶぞ」 「ああ、そうだな」  結局、謎は未解決に終わった。僕にとってはもどかしさしかなかった。何故そんなにも曖昧なのか、それとも意図的に隠しているのだろうか。だとしたら、まだ殺されたご主人様が本物とは限らないのかもしれない。残り三人の中に本物がいる。僕はそう信じることにした。  しばらくしてから何人かの警察が訪れてきた。そのまま三人の事情聴取に入った。僕はその場で傍聴していた。 「もしかして……あなたたちって五つ子ですか?」 「えっ?」  さっきから何か腑に落ちないといった様子の刑事がいきなり意表の突いた質問をしてきた。僕はその質問に訝しさを覚えた。 「え、いや、見ての通り四つ子ですけど……?」  一人のご主人様がそう説明する。 「ほんとに? いや実はさ、三年前くらいに君と全く同じ顔をした人を僕は見ていてね」 「え?」 「ああでも、一つだけ君たちと違うところがあったな」 「どこですか?」 「瞳の色だよ。君たちのは青いけど、僕が前に見た人のは黒色だった」 「……」 「実はその人、死体で発見されたんだけど、ダイイングメッセージが残されてあった。それを解読するに、青い瞳をした俺に殺された、と意味していたんだけど」  僕の鼓動は早まっていた。まさか、そんなはずはないと何度も心の中で反芻していた。  ご主人様がペットショップで僕を飼ったのは二年前くらい。その時、ガラス越しに僕と目が合ったのは青い瞳をしたご主人様だった。  本物がその黒い瞳をしている既にこの世にいないご主人様なんだとしたら……。  僕は一体、誰と暮らしてきたのだろう。
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