60人が本棚に入れています
本棚に追加
中学の綾里くんとわたし
中学に入学して最初の席は名簿順で、わたしと綾里くんは隣だった。
一番前の端に座った綾里くんは、新品の制服に着られていた。ノリの効いた学ランは、肩や袖の余りが気になったけれど、そのてっぺんにある顔は、服の下に隠れているだろう華奢な身体と、よく似合うものだった。
男子にしてはさらさらと細い黒髪。二重目蓋のぱっちりとした瞳と、その目尻にかぶさる長いまつげ。通った鼻筋。ほんの少し膨らみのある、桃色の下唇。細い顎、凹凸のない白い首筋……。
まだ性差があらわれていなかった。もちろん、人や、遺伝によってそれらのバランスは違うのだけれど、中学一年生となったわたしから見ても、綾里くんは学ランを着た、中性的な人だった。
影を落とすまつげの奥にある、黒目がちな瞳が、わたしの机の上を滑る。右端の、セロハンテープで覆うように貼られた名前を見たようだった。次の瞬間には、幼く、可愛らしく微笑んで、わたしに顔を向けていた。
「河合さん、よろしくね」
父のような喉仏が見当たらない彼の声は、やはりまだ高かった。むしろわたしのほうが低い声かもしれなかった。
「よろしくね、えっと……」
わたしが名前を確認しようと、遠いところにある右端に首を伸ばしたところへ、彼は「綾里恵一です。めぐみの一って書いて恵一」と言った。
「めぐみ」
「うち女家族が多くて、姉さんたちもその字が入った名前なんだよね」
「じゃあ、長男なんだ」
「一応。上の二人はもう高校生なんだけどさ」
「高校生のお姉さんか、想像つかないや。わたしは下に妹しかいないから」
「そんなに変わらないよ。高校生でも、まだ僕にちょっかいかけてくるし。いっつもソファーに寝転んで、ゲームしてるような人だよ」
幼い見た目のわりに、綾里くんは落ち着いていた。中学生になったからと浮かれる男子や、わあわあと騒ぎ、仲間を見つけようとするクラスメイトと違う。
わたしは、近場の席に同じ小学校の人がいなくて、ただ緊張でそわそわしているだけだ。それに対し綾里くんは、周りに自分だけの空間をまとっているようだった。新たに入ってきた生徒は知り合いなのか、軽く挨拶をしているけれど、それでも彼を包む空気は変わらず、静かだった。
担任の先生が来るまで、綾里くんは自分の席から動かなかった。かといってわたしとずっと話しているわけでもなく、時々、思い出したようにわたしを見た。まつげで隠れる目尻と一緒に眉を下げ、柔らかな笑顔でわたしに声を掛けた。それは隣の席のあいだ、よく見る顔となった。
綾里くんはいつ見ても、変わらない、優しげな表情を浮かべていた。授業中も、休憩時間も。もともと、少し微笑んだように見える顔の造りらしかった。
男子とおしゃべりする姿もあるけれど、相手の男子とは、やはり雰囲気が違った。女子相手でもそれは同じで、むしろ女子よりも笑顔が可愛くて、ちょっとした仕草も柔らかかった。
わたしの前でもそうだ。綾里くんの待つ独特な雰囲気が、わたしは安心できて、好きだった。母と妹と暮らしていて、父はずっと前から単身赴任でなかなか会えないわたしにとって、彼は男子なのに話しやすい人だった。
「あ、河合さん。今日は暇?」
最初のコメントを投稿しよう!