かわいい虎の丸には旅をさせよ!

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かわいい虎の丸には旅をさせよ!

 「・・・ん」  目の前が一片の黒。だけど、それに似合わない鳥の優しいさえずりが、朦朧とした意識の中にいた俺を優しく引っ張り出してくれた。視界の端からは光を感じ、雰囲気的に今は朝なのだとわかった。  上半身を起こす。・・・だけど、やっぱり目の前は闇。どうなってんだ?  「・・・あ!なんだこれ」  目を擦ろうと手を顔に当てて、はじめて自分の顔にいつの間にか一枚のメモが貼られてあったことに気づいた。小さなメモだが、その上に書かれた字も小さいく、整っていたため、大きさの割には内容がびっしり詰まっていて、読むのに少し苦労した。 『   言い忘れたことがあったの!   まずあなたの身元は、「魔性人族」通称「魔族」っていう族種で、はるか  昔の時代、世界を統括していた最強の族種だったんだけど、野望が膨れ上が  りすぎちゃって、神様に挑もうとして天罰が下っちゃって、今は誰にも知ら  れないようなところでひっそりと暮らしているって設定ね。天罰が下っ  ちゃったせいで、今はあなたがいるその村の人がその種族のすべての人口に  なっているの。それと、神様っていうのは私じゃあなくて、この世界にいる  一番トップの者のことね。私は創造主でもっと偉いけど、世界に知り渡られ  ることはないと思っていいよ。   それで、あなたの名前は「グリフィン虎の丸」、かっこいいでしょ?で、  年齢は変わらず十八歳で、魔属性の技能が使える男子。あ、でも魔族は結構  応用が効く族種だからまだまだいろんな技を習得できるって考えた方がいい  よ!で、妹のエリカちゃんと弟のドニー、そしてお父さんのガンジーとお母  さんのクリシャスの一家五人ファミリーね。   それにあともう一つ、ずっとそこに居続けるのもあなたにとっては退屈か  なぁって思ってね。あなたには旅をさせることにした。だから、それ相応の  身元にもしておいてあげたってわけ。まあ、これからは物語の進行の邪魔に  ならなければどんなことでもご自由にやっていいから、自由に生きてね。   じゃあね☆  追伸   魔族は今回あなたのためにわざわざ作ってあげた種族だから、あなたの役  をもともと誰かが担っていたんじゃないかって心配する必要性はないよ。だ  からドニーもエリカもガンジーもクリシャスも、もともとは存在しなかった  人物だってことね!だから胸を張って家族と呼んで良き!家族もいなかった  んだからあなたには・・・   あなたの親愛なる雪成より ♡                  』  メモにはそう一方的なコメントが書き連ねられてあった。字がきれいな割には、言っていることが整っていなくて、雪成が本当にこの文章力でちゃんとした小説が書けているのか俺は心配になる。  「まあ・・・とりあえずわかった」  俺は素直にそれを承諾して独り言を言う。  昨日の最後の盤面、俺の動きが止められたところから、本当に雪成はやばいやつだと確信したし、それに、現に起きていることを他に説明するすべもないため、やすやすと承諾したというよりは、承諾せざるを得なかったのだ。だから、俺はこの奇怪な事件に対しても何も考えが起こらない。言われた通り、旅を始めればいい。最初から勇者出会った俺は旅をする身だ。ただ命の危険にさらされる可能性が非常にアップしたのが気がかりなのだがな。  そのあとは、ドアを出てみれば、母さんがやけに豪勢な朝ごはんを作ってくれたことに驚いて、間違えてトニーの歯ブラシを使って歯磨きしたりで、まあ、いろいろなことがあった。  「うげー・・・なんだこの人だかりは」  支度がすべて完了して、俺は父さんと一緒に外を出た。そしたら、なんということでしょうぉー。顔の穴という穴から水を垂れ流す村人たちの姿がずらりと外に並んでいました。俺が旅に出るのがそんなに重大なことなのか?え?なに?これって一族の希望が託されているとかそんな思い感じなの?ねぇ雪成?どうなの?ねぇ?ねぇ?  俺は心の中に戸惑いを隠し、平然と外へ出ていった。周囲の人たちに囲まれ、みんなから感動の笑みを浮かべられる。だが一つ気にかけていたことがあったのは、ドニーとエリカ以外、この村で子供を見たことがないということだ。まあだが、それも追々わかることでしょう。  「兄さん!」  可愛らしい甲高い声が背後からしたので、俺は振り返った。すると、きれいな涙玉落としながらエリカがこちらに向かってきた。昨日のあのむすっとした姿はどこへ行ってしまったのか、今の彼女はどこからどう見ても、ただの泣きじゃくる子供にしか見えなかった。  「兄さん。昨日はあんなことしてごめんなさい!あと、これ持ってって・・・」  そういって彼女が渡してきたものは、二つの黄色の真珠が付いた紐で結ばれた、赤と紫色をした小さな布袋だった。中には何かが入っているようで、少し角ばっているところを触ったら指先につんとした痛みが走った。  「これは?」  俺は彼女の顔を見ながらそう訊く。  「お守り。昨日兄さんが寝てからお母さんと一緒に内緒でこれを作っていたの。兄さんが順風満帆に旅をすることができますようにって」  そうエリカに言われた瞬間、俺は心にぐっと何か来るものがあった。涙が目から出ようとしたのだが、そんなことをしたらかっこ悪いと思って、かろうじてその感情の波を抑えつつ、少しカクついた動きでそれを受け取った。  「・・・ありがとう」  そう俺が言うと、父さんが歩み寄ってきて、俺を中心に母さんとトニー、そしてエリカを自分の懐に収めるように、抱きしめてくれた。俺ももう抵抗する気持ちが沸き起こることもなく、ただただその時はそれに甘えたのだ。  それから、数分間が立ち、片っ端から身に覚えのない思い出話を村人たちから聞かされ、おれは忍耐強く一人ひとりに握手をした。そしてついに、この長かった「お別れ会」が幕を閉じたのである。  「じゃあ、これ、昨日言った移動丸珠だ。これを握って、それに精神を注げ。自分の行きたい場所を念じるのだ。念のために多く持っていけ」  父さんはもう一度俺のことを抱きしめると、そうゆっくりと言って、後ずさった。俺を一人にして、彼はみんなのもとまで戻って、遠くから、みんなと一緒に俺のことを見つめた。俺もまた彼らを見つめ返し、出発の決意を固めた。  ありがとう、みんな!  めっちゃくちゃクサい展開だけど、なんだか人間って結局こういう展開には涙がもろいんだな・・・  さようなら!  ――めまいがして、気づいたら、俺は知らない場所にいた。  
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