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自宅から一番近い位置にある交差点の横断歩道は、音声昨日がついている。
青になると、ヒヨコとカッコウとか、鳥の鳴き声が聞こえる横断歩道があるだろ? 要はあれだ。
俺も普通に横断するけれど、二ヶ月くらい前からたまに、鳥の鳴き声じゃなく、人間の声が聞こえるようになった。
青の時は『渡れ』という言葉、赤は『渡るな』の意味の沈黙。そんな当たり前の指示が流れてくる。
鳥の声より、こっちの方が確実にいつ横断すればいいのかのタイミングが判るから、試験的に人間の言葉を導入してるのかな。
そのくらいに思って、人間の声が聞こえても、特に気にすることなく横断歩道を渡っていた。
でも今日、横断歩道でおかしなことが起きたんだ。
交差点に着く少し前から、鳥の声の音声が響いていた。それが、俺が交差点に着いた時、人間の声に変わった。
でも、俺の進行方向の信号は赤なのに、何故かそっちから『渡れ』という声が聞こえてきたのだ。
交通量は結構多くて、渡ればたちどころに車に轢かれてしまうという状況。いいやそもそも赤信号だ。信号無視の指示になんて従えない。
なのに信号の音声は、俺に赤信号を渡れと言ってくる。しかも、どういう訳か、体がそれに従おうと反応を始める。
ダメだと思うのに、足がじりじり前進して、車道の方に向かってしまう。
このままじゃ、赤信号の横断歩道に出てしまう。だけど自分の足を止められない。
上半身は多少動いたので、俺は前進を食い止めるため、必死に上体を後ろに倒した。
上と下で自分の体がちぐはぐな動きをする。そのおかしな呪縛がふいに解けた。
進行方向の信号が青に変わったのだ。
耳馴染んだ鳥の声が響く。その時にはもう、あれだけ思い通りにならなかった両足は、俺の意思まま動くいつもの両足に戻っていた。
慌てて家に帰り、俺は、人間の言葉仕様になった横断歩道の音声のことを調べた。でも、何をどう探しても、そんな物は存在しなかった。
試験的に人語が用いられてる、なんて話はまったくないし、人の言葉を発する音声横断歩道を渡ったという話もない。
俺だけが、あの歩道で人の声を聞いていたっていうのか?
霊感なんて全くないけれど、もしや、以前にあそこで交通死亡事故があって、その霊と波長が合ってしまい、呼ばれていたとか?
その可能性が浮上して、そちらも気になって調べたけれど、あそこの交差点で死亡事故か起きたという事実はなかった。
そしてこの翌日から、俺は二度と人の声で発せられる音声を聞くことはなかった。
謎の音声は、どうして俺にだけ聞こえていたのだろう。そして、どうしてふいに聞こえなくなったのだろう。
別にもう一度聞きたい訳じゃないけれど、あの交差点のみならず、音声のついた横断歩道を渡る際、俺はいつもその疑問と共に、あの時聞こえてきた『渡れ』という声を思い出す。
音声付き横断歩道…完
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