【Scene:2「アルドミナへ」】

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【Scene:2「アルドミナへ」】

その日の内に荷物を纏め、僕はフィンドールを伴ってアルドミナへと向かった。 「ネイドルフ様、お荷物をお持ち致します」 「いいよ、構うな。これくらいどうって事ない」 「しかし」 道中、やたらと世話を焼き、荷物を奪い取ろうとする従霊をいなしながら意気揚々と歩く。 「大袈裟なんだよ、お前は」 荷物と言ってもバックパック1つと水袋、後は小物入れ兼財布のベルトポーチくらいなものだ。 貴族のボンボンにしては超軽装。着替えも実は1着しか用意していない。 今は冬だから汗だくになる事は無いし、僕自身元々、余り汗をかくタイプでもない。汚れないなら着替えは必要ないし、必要ならどっかの川で洗えばいい。あと、一々着替えるのめんどくさいし。 雨風は撥水防寒加工のフード付きマントがあれば防げるし、靴も同様の加工がしてあるから問題なし。 ジューネベルクの首都リアドからサヴィニアの都市アルドミナまではリアドの西側にある峠を越え街道沿いに徒歩と馬車を乗り継いで約10日の行程だ。まあ、僕たち強襲班なら不眠不休で動いて4日~5日ってとこ。 まあまあ近いーーという感覚になるのは、あの鬼軍曹の訓練の賜物だろう。 以前の僕ならリアドの峠を越えるのですら1日以上かかっていただろうから、あの鬼教官の教えは無駄ではなかったのだろう。 流石は星骸の“鬼”。 あの地獄の6時間耐久障害物マラソン大会(60kgバックパックのオマケ付き。へばると“鬼”が襲いに来るけど、頑張ってると付与魔術でブーストしてくれるよ!)は、ちゃんと役に立っている。 でもお願いします。 毎週あるあの座学だけは無くして下さい。 肉体的に追い込まれるのは持ち前の負けん気と貴族らしからぬ気合いと根性と備品課支給の身体能力ブースト装備で何とかカバー出来るけど、机に齧り付いての勉強だけはホント無理。寝ちゃう。 僕だけマラソン増やしてもいいから、定期的な抜き打ち近隣時事ネタテストだけは勘弁して欲しい。他の同僚たちはどう思うか分からないが、僕はそう思う。まあ座学が終わればその日はオフだから他の皆には嬉しいのかも知れないけれど…… 良く考えたらその日、試験後にオフって事は正確には完オフの日の午前中に働いてるって事じゃないか。 皆、騙されてる。 それ凄くブラックなんだよ、ホントは。 言わないけど。 と、話しが逸れた。まあそんな感じなんで、携帯食はコストと重量を考えて片道分。 今回は巨額を投じるパトロンでもあるアルドミナ侯たっての要請という事もあり、道中を移送方陣で大幅に距離をカット出来る事になったから明日の朝にはアルドミナに入れる計算で本来なら片道分も必要ないんだけど。 けれど長距離移送の方陣は未だに操作が難しく、途中で誤作動を起こして使えなくなる事もあるし、中継する支部の移送魔術師のシフトも考慮して一応予備日程の賄いとして持って来ている。 ま、今から向かうアルドミナは西域有数の貿易都市な訳だし。必要なものだけ準備して、後は現地調達で充分間に合う。 「我が君は、逞しくていらっしゃる」 「ん?ああ、貴族らしくないって事?」 「はあ、まあ、有体に申し上げますと」 「だろうね」 心配性な従霊は現出したまま旅の行程に追従する。従霊は現出するのにもコストがかかり、フィンドールは中位クラスでもある為、消費量がそれなりなのだが、まあ1人で黙々と歩くよりかは誰かと一緒の方が楽しいし。 別に咎めはしない。 それにフィンドールの場合、召喚したはいいものの、いきなりの中位判定だった為、父から当面の使用を禁止する、と通達された事もあり召喚して丸2ヶ月は現出させるのにも当主の許可が必要だった。 因みに今は無許可でOK。まあ、従霊の使用禁止も僕が修行をサボっていたから当時は力量不足と取られたからなんだろうけど。 でもそれも特務執行係でドーソン師のシゴキに耐え、階級を得た事で漸く解禁された。 フィンドールもやっと外に出られて嬉しいに違いない。 ごめんね、フィンドール 窮屈な思いをさせて ま。面と向かっては言わないけど。 恥ずかしいし。 キャラじゃないもん。 そんな事をツラツラと考えていると、フィンドールは隣を歩きながら口を開いた。 「失礼を承知で申し上げますと、ベネトロッサ准公爵家のご次男が旅慣れておられると言うのも」 「解せぬ。でしょ?」 「はあ」 くすくすと笑うとフィンドールは曖昧に微笑んだ。 確かに貴族のボンボンが地獄の訓練を乗り越えた事や、歩き慣れしてる姿は奇異に映るだろう。だから少し説明してやる事にした。 「実はさ、俺、結構な放蕩息子で」 「放蕩、で御座いますか?」 「うん。放蕩息子ってか、一族きっての問題児?元々貴族には向かない性格みたいでさ。学生時代も平民出身の友達と授業サボって街に出てお菓子を食べ歩いたり、一週間くらい家に帰らずに友達の家を渡り歩いたり、気が向いた時なんかは仲間と夏休み全部キャンプとかして過ごす事が多かったんだ」 「それは、また」 フィンドールが微妙な顔をした。いいのか、ベネトロッサ家。それで。とでも言いそうな雰囲気。 「うちは親が割と放任主義で、口煩いのは兄様と……下の姉さんくらいだったんだよ。まあ、兄様は貴族の体面とか体裁とかを気にしてあれこれ口出ししてたんだろうけどさ。姉さんくらいかな、本気で心配して常識的なお説教かましてきてたのは」 「下の姉君と言うと、確か……ソルシアナ様、でしたか」 「うん」 頷くと少し暗い気持ちになる。 僕がフィンドールを呼んだ年、姉さんは召喚に失敗した。 信じられなかった。 いつも優しくでお節介で、家族の誰よりも僕を愛してくれた大好きな姉さん。 幼い頃から頭が良く、特に言語学の分野に於いては神童と称されるほどの知識を持ち、様々な事に造詣が深い姉は、授業をサボって遊び呆け落第寸前の僕を何とか在学させ続けた学問の先生でもあった。 いつも宿題を見てくれて、テストの時もあれこれ世話を焼き、勉強嫌いな僕が少しでも興味を持つようにと色々な事をしてくれた。 例えば歴史を教えるなら僕の大好きな物語の主人公の出身地とされる〇〇王国はこの時代に栄えていたとか、冒険記の舞台は丁度この時期で、当時の作中の「王」としか記されていない王様は実は〇〇王の事なんだとか余談を交えて教えてくれたし、地理を教えるなら今流行っているナニナニは、ドノソコのコレコレが原型で、元々は別の地方で使われていた物が西方風にアレンジされたものなのだと教えてもくれた事もあり……お陰で僕は随分な雑学王にもなった。 大嫌いな政治経済の分野に於いても姉の教え方はかなり斬新で、「ネイトが王様ゲーム」(ネーミングセンスについては無言とする)というゲームまで作っていた。 もし僕が国王で国を運営するなら、この場合、内政と外政どちらに重きを置くか。またそれにはどれ位のコストが掛かるのかなど、領地経営に関した事に特化したそれは凄く面白くて、朝まで2人揃って熱中した事もある。 その時も姉さんは自分が寝る間も惜しんで手書きの国政ボードや、兵士やら大臣やらの駒やら作っていたっけ。 数学とか化学は……教えて貰っても散々だったけど。まあ、追試で何とか乗り切れた。 そんな頭が良くて優しい姉さんが、まさか失敗するだなんて誰が予測しただろう。 実際、今は上の姉が付きっきりで修行の手伝いをしている状況だ。母様は毎日の様に落ち込む姉さんを励まし、兄様も何とか来年こそはと気を揉んでいる。 本当はこんな時ほど姉さんの力になるべきだとは思うけれど、僕が近づくと姉さんを傷付けてしまうから。 あの日以来……姉さんは僕の目を見なくなった。 姉さんの真似をして召喚の儀をやりたがった癖に、「今年は失敗してもいいや」くらいの軽いノリで召喚した僕が成功し、「絶対良い従霊を呼ぶ」と父たちに約束したあの人が失敗した。 きっとものすごくショックだったに違いない。加えて僕が成功した事で、一族からは「弟君ですら中位だと言うのに」という溜息が漏れたのを、聡い姉が聞き逃したとも思えない。 儀式が終わり微妙な雰囲気が漂う中、ぎこちない笑顔で「おめでとう」と言おうとして……その場で引き攣った顔のまま硬直していた姿を、昨日の事の様に思い出す。 僕の考えなしの行動が姉さんを苦しめた。だから姉さんは僕を嫌いになったのかも知れない。目も合わさず、家にいても部屋か修練室に閉じ篭ってばかりで……前は一緒だった食事の時間まで完全にズラされた。 待ち伏せして何とか謝ろうとしても、顔を合わせると硬直し、おめでとうの「おめ」まで口にして表情を凍らせる。で、それについて僕が謝ると……とてもとても申し訳なさそうな、悲しい顔をして唇を噛むんだ。 姉さんは現在16歳。 年末には社交界デビューが決まっており、そのエスコートは僕がする事になっている。 去年召喚に失敗した事は公国貴族の中にも知れ渡っているし、きっと針の筵になるだろう。輝かしく、華やかな一日であるはずのデビューが最悪の日になる事だけは回避しないと。 これ以上、姉さんが傷付くのは見たくない。 「ネイドルフ様?」 「え?あ、何?」 いけない。どうやら随分考え込んでしまっていたらしい。 思えばフィンドールにも悪い事をしたなと思う。こいつは中位の従霊で、本当なら一族から注目が集まり持て囃され歓迎されるべきだったのに。 僕と姉さんの所為で、こいつの経歴にも傷を付けてしまった。 ごめんね、フィンドール 「えっと……まあ、そんな感じでさ!俺は全然貴族らしくないから大丈夫!」 「そうでしたか。ふふっ、では我が君に相応しくなって頂く為に、少し教育致しませんと」 「げ、いいよ!いらない!」 「いらない。ではありません。我が君には必要な事かと。では早速申し上げますが、「げ」などと貴族の子弟が口にしてはなりません」 「うげー……折角兄様の目から逃れたのにー……ここに来て兄様2号出現とかサイアクー」 「我が君、お言葉は丁寧に」 「はいはい」 「はい、は1回」 「はーい」 「語間を伸ばさない」 「あーもー煩いなぁ!この小姑!!」 「我が君、貴族たるものーー」 それから道中、僕は何故か世話焼きの従霊に悉くダメ出しをされながらアルドミナを目指した。
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