Time is…

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「レキ。もー疲れたぁ。歩きたくないよ」  午前0時。ラウルたちと飲んだ帰り道、俺とミハエルは自宅マンションに続く川沿いの遊歩道を歩いていた。  タクシーを使わなかったのは、ミハエルが酔い醒ましに歩いて帰りたいと言ったからだ。付き合ってやってるのに、文句を言われてるのはなぜだ。 「おまえが歩きたいって言ったんだろ。覚えてるか」 「んー? 僕だっけ? あ、ちょっと待って」  並んで歩いていたミハエルが足を止めた。真夜中、遊歩道に俺たち以外の人影はない。月明かりに照らされたミハエルが、いま来た道を振り返る。ぬるい、風が吹いた。 「レキ、セミが落ちてる」  歩み寄ったミハエルは、動かなくなったセミをコンクリから拾い上げ、草むらにそっと返した。あんなにうるさく鳴いてたセミの声も、最近は時おり聞こえる程度だ。  俺は汗で額に張りついた黒髪をかき上げる。歩き出したミハエルの柔らかい金の髪が夜風に儚く揺れた。 「もう夏も終わりだな」 「まだこんなに暑いのにね」  セミは世界に約三千種いるらしい。首都星(デミトリオス)に生息するセミの種類は知らないが、ミハエルが拾ったのは、子供のころによく見かけたタイプのセミだった。 「一週間でしょ? 数日しか生きられないのは、ちょっとかわいそう」  その分、土の中で何年も生きてる、と言おうとしたが、なにやらミハエルが物憂げなのでやめておく。 「繁殖行動を終えると、死を迎えるように命がプログラムされてるんだ。生命の(ことわり)ってやつだな」 「そっか……なんだか切ないね」  飛ぶ力を失くしたセミは地面に落ちて死を待つ。日差しで焼けつくコンクリより、土や草の上のほうが安らかに眠れるかもな。
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